「伝えたいことがあるなら...」
ここでいつも夢は終わる。
「飯、食わなきゃ」
この先の言葉は覚えていない。
どうしてあそこまでの記憶しかないのか。
あそこまで覚えておいて、
肝心な最後を覚えていない。
「まあ、十年以上も前のことならそんな細々としたこと、一々覚えてらんないよな。」
焼いてもいない食パンを胃に
押し込みながら考える。
この記憶は僕が作家の道に進みたいと
明確に思えた時の記憶なんだろうが、
作家の道が厳しすぎて、
そんなこと忘れてしまったのだろう。
「『芥川賞』を獲得した作家が言った
言葉だったっけ。」
心に重りがついているような
倦怠感のままパソコンの前へと座る。
「物語、作るの好きだったのになぁ。」
小学校の頃から物語を書くのが好きだった僕は
しょっちゅう作家になると親に告げていた。
その頃は親も
「頑張りなさい。」と言ってくれた。
でも、中学二年生になると、
「好きなことを仕事にするのは
簡単じゃない。」やら、
「そんなことしている暇があったら、
勉強しなさい」だのと言われるようになった。
それでも諦められなかった僕は、
作家の道を突き進んだ。
もちろん、親のことは尊敬しているし
友達のように仲も良いが、その話を親に
振られた時だけ、親のことを嫌いに思っている
自分がいた。
僕は作家で成し遂げたいことがある。
自分の作品で希望を届けることだ。
たくさんの作品を読んできたから希望を
教えてもらったり伝えられたりしてきた。
だから、諦められないのだ。
僕がそうだったように、僕の作品で
希望を感じて欲しいのだ。
なんて、考えて作業をしていたら、
原稿が終わった。
髪の毛を整えて待ち合わせの
場所に向かう。
噴水の向こうから、編集者が走ってくる。
「お待たせしました。」
陽気な声を聞いた瞬間、
緊張の波が襲ってきた。
合流してから、カフェに向かう。
カフェに着いたため、店内に入る。
珈琲の香りが緊張を程よく緩和してくれるが、
編集者の原稿を見る顔は、気難しそうで、
その顔を見て仕舞えば、緊張の波は
再び、押し寄せる。
「そうですね...」
読み終えた編集者が珈琲を一口飲む。
それと、ほぼ同時に僕は唾を飲む。
「ここは...」
いつも通りのダメ出しが続く。
手を強く握りしめる。
『今回もダメか。自信作だったんだけど...』
終わりがわかっていても、少しの希望を糧に
最後の言葉を待つ。
編集者の言葉が止む。
どうしたものかと編集者の顔を見るために
顔を上げた。
そこにあったのは編集者の
太陽のような笑顔だった。
「でも、良い作品ですね。」
そう言われたのはすごく久しぶりだった。
「希望を感じる。笑顔になる。
そんな作品ですね。」
鼻にツンとした感覚が迫る。
僕の頬を伝うそれは、僕の頬を優しく
撫でながら重力に逆らえず落ちる。
手を握る力が緩んでいく。
「伝わりますかね。」
「必ず、人に希望を与える作品になりますよ」
そして、十年以上も前の記憶が蘇る。
伝えたいことがあるなら、
現実的な夢を掴んでください。
誰かを驚かせたいとか、
笑顔にしたい。そう思うなら、
まずは編集者の顔を変えてください。
まずは、そこからです。