教室は相変わらず賑やか。コロコロ変わる話題が途切れることなく飛び交っている。


 そんな中、私だけあるはずの物を探している。ロッカーを見てもない。だから体育を休まなくてはいけなかった。また、私を見て笑っている彼女達の声が聞こえる。今日も彼女達に隠されたのだろう。放課後、教室以外の場所を探した。校舎の裏にあるゴミ箱の中から見つけたのは夕日が沈む頃だった。

 水色の澄んだ秋の空に静かな雲が斜めに流れる。教室が賑わう時間、私は一人家に居た。何ヶ月も学校に行ってない。いわゆる不登校。いつしか必要以上に自分の部屋から出ない生活になっていた。

 

「ピンポーン!」とインターホンが鳴る、十六時。ほぼ決まった時間に鳴るこの音は華蘭が来る合図。聞きたくなくても聞こえてくる。
私は決して部屋から出ない。お母さんと華蘭の話し声が聞こえる。私はベットに潜り込み、布団を頭から被った。カーテンの隙間から華蘭の後ろ姿が見える。
少し経ったあと「コンコン」とノックの音が聞こえる。私は相変わらず返事をしない。

「華蘭ちゃんが来たよ。ドアの前にもらったもの置いておくね」
「……」
「食べ物と飲み物も置いておくから食べてね」
「う……ん……」
 今の私の中で精一杯の返事をした。この返事が届いたかは分からない。「それじゃあ戻るね」と言った後、足音が遠ざかっていく。私は足音が聞こえなくなったのを確認してから部屋を出た。お母さんが持ってきたものを持ってまた戻る。
 

◆◆◆


 私は女子の中心にいじめられている。クラスメイトは見て見ぬふり。中には声をかけようとしてくれた子もいたが、彼女達の視線に負けて今では誰も話しかけようとする人はいない。次のターゲットにされないように見て見ぬふりする傍観者の視線も痛い。

 いつからいじめが始まったかは分からない。気がつけばいじめられていた。新学期の頃は彼女達と上手く話せていたはず。

 急に変なあだ名をつけられた。彼女達が面白半分でやっていることはわかっていたからすぐに飽きるだろう。表情的に微笑んでも笑い声はほとんど立てない。もしかしたらこの頃からいじめは始まっていたのかもしれない。私はここから苦痛な日々のスタートが切られたことに全く気が付かなかった。

 ある朝、「おはよう」と声をかけた私を見た彼女達は、何も言わず会話に戻った。また、私が近づこうとすると話すのをやめてその場を離れた。他にも私が一人で席に座ってるとこっちを見ながらニヤニヤする顔が見える。誰が見ても分かる行動だった。私は信じたくなかった。でも日に日にエスカレートしていく。最近では物をなくすことが多くなった。

 私は遂に希望を持つこと、期待すること、信じることをやめた。笑うことに疲れた。話すことでさえも辛くなった。

 その日から色が消えたモノクロ世界が広がった。


◆◆◆


 いつも通り十六時にインターホンが鳴る。それと同時にベットに潜り、布団を頭から被る。今日は微かに大人の女性の声が聞こえてくる。カーテンの隙間から杜若先生が見えた。私が不登校になってから月に一度は杜若先生が家に来るようになった。今日がその日だと信じて疑わなかった。次の日もその次の日もさらにその次の日も十六時にインターホンを鳴らすのは杜若先生だった。お母さんは部屋に受け取ったものを私に来る度に「華蘭ちゃんが来たよ」と言う。でも私はカーテンの隙間から外の様子が見えるから知っている。

"華蘭があの日以降一回も来ていない"ことを。

 私は華蘭が来てないことへの不安が大きいことに気づいた。私は覚悟を決めて部屋から出て、お母さんを呼ぶ。少し驚いた顔をしたけどすぐ子猫を見るような優しい瞳で私を見つめた。私は数年ぶりのように感じた。

「華蘭が毎日届けに来てくれてるの?」
 "華蘭"に反応したことを見逃さなかった。本人はそれに気づいていないと思う。
「そうだよ。華蘭ちゃんが毎日届けてくれているよ。」
 と言って髪を耳にかけた。

 この行動はある時の癖だってことは知っている。お父さんと離婚した時も、飼っている猫が死んだ時もこの癖が出ていた。お母さんと面と向かって話してたらすぐに気づかれたと思う。

「ほんとなの?嘘ついてないよね」
 どれだけ聞いても答えてくれない。私は押しの切り札を出すことにした。
「毎日杜若先生が届けに来ていること知っているの」
 私と同じ覚悟の目が私の目に映る。
「交通事故にあったの。病院に運ばれたんだけど間に合わなくて……」

 気づけば私は家を飛び出して走り出していた。目的地は分からない。自然と足が想い出の場所に向かっていた。


◆◆◆


 華蘭は一番に声をかけてくれた。私の世界に天使の梯子を引いてくれた。でも私は拒んだ。

 去年のクラスでは私に話しかけに来る人は何人かいた。今みたいにいじめられていなかったから。その中で、特に私に声をかけてくれたのが華蘭だった。茶色みがかったショートの華蘭は途中から転校してきたにも関わらず、周りには多くの人がいた。私はひとりでいることの方が多かったから輝いて見えた。

「なんで私なんかに話しかけるの?」何度聞いても
「話したいから。」と一点張り。
 真逆な私たち。それでも華蘭がいたから心地いい学校生活を送れた。

 だから、私のせいで華蘭がいじめられることだけは絶対に避けたい。たぶん私が耐えられない。

「大丈夫だから、誰にも何も言わないで。学校では話しかけないで。お願い……」
 いつもより強い口調で言った。言い終わる頃には自分でも気づかないうちに今にも消えそうな声になっていた。

"私だけが我慢すればいいんだから"これが華蘭を守る方法だと信じて。

 ある日、華蘭が彼女達と言い合っていることに気づいた。空気をビリビリふるわすような声で言い合っているから廊下まで響く。今にも襲いかかりそうな勢い。私の名前が聞こえた。慌てて教室に入るとまさに私へのいじめに対して言い合っていた。強引に華蘭の腕を引っ張り、廊下のさらに奥の階段まで連れて行く。

「なんで彼女達に言ったの?私に学校で関わらないでって言ったじゃん!」
「詩夢が辛いだけじゃん」
「私は別にいいの!」
「なんで?そんなの良くなし!なんで……」
 私は強く言っているつもりが華蘭は理解してくれなかった。伝わらないことにイライラした。
「なんで分かってくれないの!」
 私は言い捨てるようにそばから走り去った。頬にはパラパラの小雨が降った。

 次の日からターゲットにされたのは華蘭だった。私は耐えられなくなって学校を休んだ 。


◆◆◆


 華蘭の家のインターホンを鳴らす。あの頃の想い出の記憶からかけ離れた静かさが現実を物語っている。私の大好きな温かいココアを出して私が落ち着くのを待ってくれた。

 ここに来たはいいけど正直何を話したらいいのか分からなかった。それでも華蘭のお母さんは何も言わずにずっとそばにいてくれた。複雑で不安な気持ちが落ち着き始めた。帰る前に一枚の封筒を渡された。そこには大人びいた華蘭の字が書かれていた。そこには不器用だけど一生懸命書いたシザンサスが咲いていた。

 詩夢へ
元気にしてる?
私は元気だよ。
少し経ったら私へのいじめはなくなったよ。
私が全部無視するからつまらなくなったのかもしれない。
本当はずっと前から言おうと思ってたけどなかなかタイミングがなくてさ。
私ね、転校前の学校でいじめられてたの。
詩夢の気持ちは分かるよ。だからこそ詩夢の力になりたいの。
詩夢一人で全部抱え込まないで。私にも分けてよ。
二人で一緒に乗り越えよう。
大丈夫、私がついてるから。
自分のペースでゆっくりでいいよ。私はずっと待ってるから。
一緒に太陽の下の花道、歩こうよ!
華蘭より

手が震えていた。呼吸は乱れ、目は熱かった。気づけば涙が溢れていた。今までの苦しみと華蘭への想いを吐き出すように泣き続けた。私はこの涙のとめ方を知らない―――


◆◆◆


 私は以前の学校でいじめられていた。影で悪口を言われたり、仲間はずれにもされた。

そんな自分から逃げるように今の学校に転校した。ここではどんなことがあっても笑顔でいると心に決めていた。いざ教室に入るとクラスメイトの視線が自然と集まった。視線はあの時とは違っていたから気持ちが楽に感じた。一人を除いて。

 その一人は黒髪のストーレートロングな鬼灯詩夢だった。その子は羨ましそうに寂しいそうな目をしていた。どうしてもその子から目が離せなかった。多分、昔の自分と重なったからだと思う。

 私が見ている限りでは一人でいることが多かった。たまに話しているところを見かけるけど必要最低限の会話にしか見えない。無口で笑っているところを滅多に見かけない。友達と言える友達がいないように見えた。

 私は積極的に話しかけた。最初は驚いてたし、私となんで話すのと何度も聞かれた。だけど私はめげずに話しかけた。どうしても笑っている姿が見たいから。自己満足でしかないことなんて分かっていた。自分勝手な私の気持ちが伝わったのか、徐々に心を開いてくれるようになった。学年が上がる頃には自分から話すようになり、笑顔が増えていった。唯一の親友と言える存在までにもなっていた。

 中三に上がっても同じクラスだったからちょくちょく話していた。ちょうど風邪から復活した日、詩夢がいじめられていることを知った。心配で声をかけたけど学校で話しかけないでと言われてしまった 。私はこっそり彼女達にいじめをやめるように言ったが聞き入れてくれなかった。遂に詩夢に聞かれてしまった。詩夢の言葉から想いが伝わってくる。"自分の気持ちを伝えないと"と思えば思うほど上手く伝えることができなかった。私達はお互いを守ろうとしすぎてすれ違ってしまった。

 この気持ちを文字にして伝えようと思う。今一番伝えたいことをなるべく簡潔にまとめて引き出しの中にしまった。