「君は、良い人を見つけて恋愛して、幸せになるんだよ」
自分はもう無理だから、というような言葉が隠されてる気がして、心の芯から冷えていく。先生のずっと好きな人。知りたくなかった。こんな失恋の仕方、したくなかった。先生が私を好きじゃないって、わかってても、そんなことは、知りたくなかった!
軽率だった自分の口を恨む。ただ、呼吸音だけが秘密の部屋に響いて、逃げ出したくなる。
「まぁまぁ、そんな話は置いておいて」
耐えきれなくなった先生が、話をそらして私のためになりそうな本を教えてくれる。薬学部に入ってから役に立つリストと、書いてある紙までくれた。
それなのに、先生のずっと好きな人が胸に引っかかって、うまく返事ができない。紙に書かれた先生の読みづらい字だっていつもなら嬉しいのに。
「佐久良さん?」
名前を呼ばれたら胸がきゅんっとして、いつもだったら幸せなのに。今はうまく笑えない。
「ありがとうございます、先生」
絞り出した声は他人行儀な、私たちの間に線を引くような色をしていた。