先生が特別になった日。あの日のことを私はきっと、死ぬ間際にも思い出すだろう。そして、先生への想いを抱えたまま、この世にさよならを告げるんだ。それくらい、嬉しくて、好きになってしまうような出来事だった。

 高校二年生にもなると、進学先をどうするか、という問いを突きつけられる。大人たちはみな一様に「やりたいことから選べ」なんて言うけど、やりたいことが見つかってない子はどうしたらいいのか。

 そして、やりたいことが選べない私はどうしたらいいのかわからなかった。

 それまで一度も訪れたことのない図書室に入った時、本の匂いが鼻の奥に突き刺さって、カビくさいな、が最初に浮かんだ。

 本を引っ張り出しては開いて、閉じるを繰り返してる先生が目に入る。たしか、現代文を担当してる先生だ。それくらいの意識だった。見ていた私に気づいた先生は一言だけ口にする。

「珍しいですね」
「へ?」
「あぁ、いや図書室ってあんまり生徒は来ないんですよ。今の生徒には本って人気ないらしくて……探し物ですか?」

 初めてちゃんと話した。授業の時は、ただ淡々と話してるなと思うだけだったのに、優しい声をしてるんだなと気づいた。

「探し物ですけど、自分で探します」
「そうですか、困ったら声をかけてくださいね。ほら、生徒もあんまり来ないから、ここ設備も悪いんですよ。僕は検索できるんですけど、生徒がどこに何があるか調べるような機械とかも置いてないので」

 よく喋る人だったんだと思いながら、こくんと頷く。今まで関わったことのないタイプの先生で、どういう返しをすれば良いか正直わからなかった。

 本の背表紙を眺めながら、私が求めてる本を探す。誰も本気だと思ってくれなかったけど、私は、研究者になりたい。

 親も友達も「えー?」なんて驚いた顔で、冗談を言ってると思って笑う。わかってた。だって、私はそんなタイプじゃない。