相変わらず図書室には人がいないし、カビくさいにおいがするし。私だって先生がいなかったらこんなに通うこともなかった。そして、先生は相変わらず本の背表紙をなぞって、何かを探している。

「せん……」

 先生がいつも何の本を探していたのか、今になって知ってしまった。先生が触れてる本は全て、音楽に関する本だ。呼びかけて黙ってしまった私に、先生が気づいて、いつもの顔で微笑む。

「佐久良さん、なんだか久しぶりですね」

 待っていてくれたんだ、って思いが、単純な私を舞い上がらせる。

「毎日来てましたからね」
「今日もお茶を飲んで行きますか?」
「ううん、今日はいい」
「そうですか」

 お茶を飲んでるような余裕もないし、多分桜ちゃんがわけてくれた勇気もそこまでは持たないから。先生をまっすぐ見つめて、好きだの一言を搾り出す。出てきたのは、今までの思い出ばかり。

「初めて会った時、変な人だなって先生のこと思った」
「顔に出てましたよ」

 くすくすと笑って、先生は知ってたと頷く。自覚もしてると言わんばかりの表情だ。

「でも、真剣に私の悩みを聞いてくれて、一人でぶつぶつ言ってたけど解決策も考えてくれて嬉しかった」
「そう言っていただけると教師冥利につきますね」
「そうやって向き合ってくれる先生が……私は好きになってました」

 バクバクと心臓がやけにうるさい音を立てる。このままだったら血圧上がりすぎて、倒れちゃうんじゃないか。告白してるのに、そんな雑念が頭の中を過ぎる。

「ずっと、好きでした。先生のことが私はずっと好きです」

 先生は、微笑んだまま黙り込む。私は次の言葉をもう見つけられなくて、震えたまま先生を見つめる。涙が決壊してこぼれ落ちそう。

「知ってました、佐久良さんが僕のことをそういう目で見てるのは。でも、ごめんなさい。好きな人がいます。ずっとずっと好きな人。だから、ごめんなさい。でも、好きになってくれて、ありがとう」

 一呼吸置いて、先生がこほんっとわざとらしく咳き込む。

「佐久良さんは、新しい出会いがこれからたくさんあります。そして、きっと新しい恋に出会うでしょう。その人を大切にしてあげてください」

 今は先生以上に好きになれる人を見つけられる気はしない。一生この想いを抱えて、一人で死ぬ未来しか想像できない。

 それでも、先生が、歳の差とか、生徒と先生だからとか、そういうことを言い訳に使わず真っ直ぐに答えてくれたから。

 私は、受け止める。先生の言葉をきちんと、理解するんだ。

 そう思ってるのに、失恋の痛みはあまりにも強い。立ってるのが限界なくらいで、答えられずに私の足は勝手に図書室から走り出していた。