「名前、教えて?」
初めましては、自己紹介からだろうと安直に考えてしまった。女の子はそれでも、変な顔もせず楽しそうに笑ってくれる。
「初めて聞かれたよ、幽霊になってから。桜、春に咲く桜の木の桜だよ」
「えっ、私も佐久良! 苗字なんだけどね、名前は舞」
「舞ちゃん」
苗字と名前という違いはあるけど、同じ名前なことにテンションが上がってしまう。嬉しそうに私の名前を呼んでくれる桜ちゃんに、私までテンションが上がってしまう。
「叶えたかった願い事って、なんだったの?」
「……恋のこと」
「恋! 聞きたい、どんな人?」
舞ちゃんは、手をぱちぱちと叩く仕草をして、興味津々と言った顔で私を見つめる。
「私をちゃんと見てくれた人で、優しくてちょっと変な人」
「でも、好きなんだ」
「そうすごく好きなんだけど……」
「だけど……?」
「色々なハードルがあって叶いそうにないんだ!」
「告白する前から諦める、ってこと?」
そう問われて、自分自身で悩んでしまった。諦められないから、願いを叶えてくれるという子供騙しのような嘘を信じて桜ちゃんを探していたんだ。
「諦められないよねぇ」
「でも、告白しても振られそうなんでしょう?」
「そうなんだよね、好きな人には好きな人がいるみたいで。振り向かせるのは、ちょっと難しそうなくらい好きみたい」
だって、あんな顔を見せられたら……そう思ってしまう。好きな人に好きな人がいて、しかも、好きな人が先生だなんて。業の深い片思いをしてしまったのだろう。わかっていたところで、やめられるほどの簡単な好きじゃないのが、まためんどくさい。
「伝えないときっと不完全燃焼で、ずっと胸の奥で燃え続けるよ」
切なそうな言葉と声に、桜ちゃんの瞳を見つめる。桜ちゃんにもそんな想いがあったのだろうか。
「桜ちゃんも好きな人、いたんだね」
「うん、伝えられないまま死んじゃったから。もう結婚でもしてるかなぁー!」
明るそうな声を出してぐーっと伸びをして、笑って見せてる。無理をしてるのは私でも、すぐわかった。
「それが心残りなのかな、もしかしたら私の」
「桜ちゃんの好きな人、探してあげようか?」
「無理だよーもう、何年も前だもん」
「そっか」
「だから……舞ちゃんは、後悔しないように伝えた方がいいよ」
桜ちゃんがそっと私の背中に手を当てて、押す真似をする。触れていないのに、なんだか温かい気がするのは錯覚だ。それでも、かなり心強い。
「振られたら、慰めてくれる?」
「いいよ。その時はいっぱい泣いて、忘れるまで付き合ってあげるから」
桜ちゃんの言葉に頷いて、久しぶりに先生に会いに行こうと決めた。
「今からいってくる!」
「今から?」
「だって、桜ちゃん本当にずっとここにいてくれるか、わからないし」
「多分いるけど、まぁ幽霊だから。私も確実にいるとは言えないもんね。舞ちゃんなら大丈夫だよ、伝えておいで」
手を小さく振ってから、桜ちゃんは私を応援するようにピアノを弾くふりをした。指の動きだけを見ても、私は何の曲かはわからないけど。桜ちゃんの優しさを受け取って、図書室へ向かう。