先生の目線の先に私がいたら、いいなぁ。それでも、ありえないことはちゃんとわかってる。わかってるのに、心は先生の方ばかり見て、離れてくれない。

 卒業間近の校舎は静かだ。みんな学校に来ることも減って、それぞれ大人になる準備をしている。私は、何も変わらず、ただ、先生を見つめている。

「大学も決まったんだから、準備しとけよー」

 遠回しな先生の「帰れ」の言葉に、首を横に振る。茜色に染まった校舎の中で二人だけの、唯一の時間。先生を、私だけが独り占めできる時間なの。

「それとも何かまだ知りたいことでも、ありますか?」

 ちょっとふざけたように先生が笑う。先生のことをもっといっぱい知りたい。たとえば、どんな女の子が好きか、とか。

 そんなことを口にする勇気もなくて、ぐーっと伸びをして立ち上がる。

「帰りますっ!」
「はいはい、気をつけてな」

 でも、本当は、まだ、帰りたくない。
 じいっと見つめてみれば、「なに」と先生の低い声。耳に響いて、やけに優しくて、また恋に落ちた。毎日、毎日、先生に恋に落ちてる。

「なんでもないです」
「はいはい、じゃあまた明日な」
「はーい!」

 先生は、現代文の担当で、本が好き。部活を担当したくないからと言って、放課後は図書室に入り浸ってる。ちゃんと、管理担当? みたいなのになってるらしい。

 名残惜しく思いながら、図書室から出れば、眩しい夕日が私の頬を赤く照らした。