日が傾くころ、わたしは御坂くんの指定どおり、通学路からは少し離れた小さな公園に足を運んだ。
 わたしの住む街は最近になって土地開発が進んだところで、家と家のあいだにはまだ田畑が残っている風景も珍しくない。
 公園も一昔前は大きかったらしい。けれど開発の波に押されたり、近隣住民のクレームでグラウンドの部分がなくなったりして、今では滑り台とベンチがあるだけになっていた。
 御坂くんは古びてペンキのはげたベンチに座っていた。
 見たところ、ぶちくんはいなさそうだ。

「御坂くん」
「莉子ちゃん。来てくれてありがとう」
「ううん。用件って?」

 いわゆる告白じゃないのは、わかってるけど。
 わたしは御坂くんから、猫一匹分のスペースを開けてベンチに腰を下ろした。

「ほんとうは、最初に言うつもりだったんだ」
「最初って、昇降口のあれ?」
「うん、翔に協力してもらってさ」
「う、ん?」

 首をひねるわたしに、御坂くんが姿勢を正して向き直った。

「これ、覚えてるかな」

 差し出された封筒を見るなり、わたしの頭がフリーズした。

 華美すぎず大人っぽい花模様の封筒には「劇団六ペンス座 佐藤亘様」と書かれている。
 街いちばんのショッピングモールの雑貨屋さんで、悩み抜いて決めたレターセットだ。
 震える手で書いた表書きだって、忘れるわけがない。

「……お、覚えてる……けど、え、なんで? なんで御坂くんが持ってるのっ?」

 恥ずかしさがマグマのように噴出して、わたしは御坂くんからそれを奪い取る。

「中身、読んだの!?」
「読んだよ」

 さらりと言われて怒りのあまり手が震えたわたしに、御坂くんは穏やかな顔で続けた。

「だけど、翔は読んでないよ。これは君が僕にくれた、僕の宝物だから」
「……へ、でも読んだって」

 頭に疑問符がいくつも飛び交って、言葉を失ってしまう。だいたい、わたしがファンレターを送ったのは亘さんであって御坂くんじゃない。
 わたしは封筒の表書きをあらためて見る。うん、やっぱり佐藤亘様、だ。

「あの日。昇降口で声をかけたとき……説明するつもりだったんだ。翔の身体を一時的に借りているけれど、佐藤亘です、ってね」

 なにも言葉が見つからないわたしに、御坂くんは微笑んだ。
 見たことのない、大人びた顔だった。

「だけど、莉子ちゃんがQuicheのファンだって知って、変な意地が湧いちゃってさ。けっきょく今日まで言えなかったし、もう時間が残ってなくてぜんぶは説明できなそうだ」

 だめだ、頭が回らない。御坂くんは、亘さん?

「でも、これだけは言いたかった。僕は、そのファンレターに救われたんだよ。好きで好きで、周りの反対も押し切って役者の世界に飛びこんで。最後まで売れないままだったけれど、間違いじゃなかったと思えたんだ」

 目をみはるわたしの前で、御坂くんは立ちあがって頭を下げた。

「ありがとう。それから、返事を書けなくてごめん」

 ていねいにお辞儀をする御坂くんに、舞台の上でわたしを惹きつけてやまなかった亘さんの姿が、重なって見えた。