知っている名前はなぜか耳に飛びこんでくるのとおなじで、知り合いになったら、急に視界に入ってくるようになる。
 翌朝、マンションの入口を出たら、ちょうど御坂くんが十メートルくらい前を歩いているのが目に入った。
 昨日も見たぶち猫が、御坂くんの足元にまとわりついている。
 その姿が微笑ましくて、わたしは思わず小走りになった。

「御坂くん、おはよう」

 うしろから声をかけると、御坂くんがぎょっとしたようにふり返って眉を寄せた。

「……はよ」

 テンションが低い。御坂くんは朝に弱いのかもしれない。

「その子、御坂くんちの猫?」
「違う。つきまとわれてるだけ」

 御坂くんがぶち猫の首のうしろをつまんで、持ちあげる。
 ぶち猫が、みゃあみゃあと空中で手足をばたつかせた。

「それ、懐かれてるって言うんだよ。可愛いね」
「どこが?」
「だって、この模様もベストを着てるみたいで可愛くない?」
「……そっちか」

 御坂くんはふいっと前を向くと、ぶち猫をぺいっと放った。
 なんてことを、と思ったけれど、当のぶち猫はスマートに着地した。そして次の瞬間、ぶち猫は御坂くんの脇腹に頭突きを食らわせた。

「ぐえっ」

 御坂くんが呻き、ぶち猫がいかにも「やってやった」という表情をしたのでわたしはつい笑ってしまった。

「ぶっ、朝の御坂くんって……なんかおかしい。昨日とぜんぜん違う」
「ほっとけよ」

 すかさず、ぶち猫が御坂くんの顔に体当たりしてきたけれど、御坂くんも今度は腕でブロックする。あうんの呼吸。
 どうやら、御坂くんとぶち猫は仲良しのようだ。
 くすくす笑っていると、御坂くんが観念したのかぶち猫が肩に乗るのをそのままにして歩きだした。
 校門が見えてきても、ぶち猫は御坂くんから離れる様子がない。わたしとしては、このまま御坂くんとぶち猫のツーショットを見ていたい気もするけれど、風紀委員に注意されないだろうか。
 わたしは、校門の脇に立っているはずの風紀委員からぶち猫(+御坂くん)を隠そうと早足で御坂くんの前に出る。
「あのさ、週末空いてる?」

 耳のすぐそばで聞こえた誘い文句にびっくりして御坂くんをふり返ると、なぜか不本意そうな表情とかち合った。