終わってなかったんだ、とつぶやくと御坂くんが「なにか言った?」とわたしの顔をのぞきこんできた。

「なんでもないよ」

 わたしが仰け反ると、御坂くんも下がって校舎の壁にもたれた。昨日とおなじ、職員駐車場だ。
 わたしはなぜか今日も、御坂くんに昇降口で待ち伏せされていた。

「昨日のは態度が悪かったから、あらためて謝りたかったんだ」
「それはどうも、律儀なことで……人違いの件は解決した?」

「え?」と御坂くんが眉を寄せたから、わたしも思わず「え?」と繰り返してしまった。

「話はナシって、あれ……人違いに気づいて帰ったのかと思ったんだけど」
「ああ、僕が勝手に裏切られた気分になっただけ。莉子ちゃんは悪くないのにね」
「それはそれで気になる」
「だよね。でもほんとうにそれ以上にはなにもなくて。ほんとごめん」

 あまりに必死そうな顔で謝られるので、わたしはとうとう根負けした。
 といっても、肩すかしを食らっただけで、怒っていたわけじゃないけれど。

「いいよ、わかった」
「恩に着ります」

 御坂くんが芝居がかった仕草で両手を胸の前で合わせたとき、校舎のほうからわたしの名前を呼ぶ声が聞こえた。
 社会科の先生だ。

「徳山、広報委員だろー。今月の広報誌の配布準備終わったかー?」
「あっ! すぐやります!」

 しまった。広報委員は毎月の学内向けの学校誌作成が主な仕事だ。部活の紹介や、体育祭・文化祭などの行事の様子などを記事にする。
 今月は卒業式直前特集。記事自体はできあがっている。けれど、各クラスへの配布ボックスに入れる作業がまだだった。

「わたし、教室に戻るね」
「僕も手伝うよ」
「でも」
「いいから。僕が莉子ちゃんの時間をもらったわけだし。お返し」
「ありがとう」

 教室の棚に置いていた学校誌の山をふたりで手分けして持ち、職員室に入った右手の配布ボックスに各クラスの人数分だけ入れていく。
 御坂くんのおかげで、作業は三十分とかからないうちに終わった。家がおなじ方向らしく、流れで一緒に帰ることになった。

「なんかふしぎ。三年間、一度も接点がなかったのに、卒業目前になって知り合うなんてね」
「それで、これが最後かも」
「ひょっとして御坂くん、高校は外に出るの?」
「あ、僕も東陽だった。高校でおなじクラスになったら、よろしくね」

 第一印象はよくなかったけれど、こうして一緒に歩くと御坂くんは悪い男の子じゃなさそうだ。
 こっちが困るほど謝ってくれたし、作業も手伝ってくれたし。

「わたし、そこのマンションだから」

 坂道を下りきったところにある、七階建てのレンガ色の建物を指さすと、御坂くんが驚いた。

「めちゃくちゃ近所だった。うち、そのマンションの角を曲がった通り沿い。あれ、でも小学校は違ったよね」
「うん、うちは中学で引っ越したの」

 お互いに目を丸くして、それから納得してじゃあと手を振って別れた。御坂くんが方向転換する背中をぼうっと眺める。
 これまで姿を目にしたこともあったのだろう。ただ、知り合いじゃなかったから、意識に残らなかっただけで。
 御坂くんが角を曲がる直前、白と黒のぶち猫が駆け寄ったのが見えた。