机に並べられていくイケメンたちの笑顔と目が合ったとたん、わたしの心はずんと重たくなった。
「昨日、TSUTOYAとタクレコ回ってコンプしたー! 新曲CDの初回限定盤、対象店舗限定特典! あとこっちはママに頼んでHNVオンラインとセボンネットでゲットした!」
得意げに言う美結ちゃんの、毛先に緩くパーマをかけた髪が揺れる。
もうすぐ卒業するんだからいいじゃん、とこの前カラーリングしていた茶色の髪はつやつやだ。
「あーあ、東京だったらHNVも実店舗限定のが買えたのにな。でもこれで今年のお年玉、ぜんぶ使い切ったよ」
美結ちゃんが並べ終えたころには、わたしの机はイケメンたちに占拠されていた。
A6クリアファイル、ステッカー、A4版ポスター、チェキ風フォトカーにトレカ。
その中でキメ顔を向けているのは、どれも今、女子のあいだで大ブレイクしている若手アイドルグループQuicheのメンバー四人だ。
端に追いやられた筆箱をのろのろと鞄に仕舞っていると、わたしの横から手が伸びてきた。
奈々香ちゃんが、ひょいとトレカを取りあげる。あいかわらず手足が長い。ボーイッシュな黒髪もかっこいい。
「美結、やったじゃん! このトレカいいなー! トモキがピンじゃん! しかもウィンク激ヤバい、気絶しそう。私、トレカはヒカルだったんだよね」
「え、見せて見せて! てかカラオケ行こ! 新曲歌いながら、グッズ見せあいっこしよ! 莉子も行くでしょ? 莉子のも見せて!」
「……うん」
わたしは手にした鞄を胸の前でぎゅっと抱きしめ、美結ちゃんと奈々香ちゃんのあとに続いて教室を出た。
いつもはぶうぶう文句を言いながら降りる五階分の階段も、今日はふたりともスキップするように降りていく。
話はもっぱら、発売されたばかりの新曲のことだ。
「もうね、神じゃなかった? これぜったい、卒業ソングだよね。まさに、あたしたちのために作ってくれたって感じする!」
Bメロからサビへと歌い上げるトモキの声が切なかった。Renのダンスがめちゃくちゃかっこいい。大空とヒカルがキスしそうな距離まで顔を近づけるのがドキドキした。
ふたりの話は尽きない。
二十代前半の男子は歌って踊れるイケメン揃いで、デビューするなりまたたくまに十代の女子のハートをわしづかみにした。 美結ちゃんたちもそう。
わたしたちは、高等部に上がったら三人でQuicheのライブに行く約束をしている。
ちなみに美結ちゃんの推しはクールなRenで、奈々香ちゃんはやんちゃそうなトモキ。
わたしは、グループの癒やし担当の大空推し……ということになっている。
「ね、この曲、卒業式で流してくださいって、クス婆にお願いしてみない?」
「クス婆にこの曲の良さなんてわかるわけないじゃん。あいつ三十四歳だよ、三十四。ヤバくない? 枯れ草みあるよね。ね、莉子」
ふり返った美結ちゃんに、わたしはうつむいて顔にかかっていた髪を横にかけ、控えめに口を開いた。
「楠葉先生は婆……じゃないような」
「ババアじゃん、あんなの。クス婆っていうか、クソ婆?」
教務の楠葉先生がババアだったら、わたしの推しなんてジジイだとけなされてしまう。
舞台俳優の佐藤亘さん。三十五歳、男性。
彼が、わたしのほんとうの推しだ。
美結ちゃんの基準で言えばジジイで、おっさんの部類にあたる亘さんに、ファンレターを送ったなんて知られたら……。
親友グループから即座に追い出されるのが、目に見えている。
美結ちゃんはQuicheひと筋でそれ以外は認めないスタンスだし、奈々香ちゃんはそんな美結ちゃんとは幼稚園からの仲で、ふたりの意見が対立したことは一度もない。
だからそのことを、わたしはずっと打ち明けられずにいる。
「でも、お願いするだけしてみようよ。卒業式でQuicheの曲が流れたら嬉しくて倍泣きすると思う」
「だよねー!」
上手く笑えたか自信はなかったけれど、ふたりがはしゃいだから、たぶんこれで間違ってない。
「昨日、TSUTOYAとタクレコ回ってコンプしたー! 新曲CDの初回限定盤、対象店舗限定特典! あとこっちはママに頼んでHNVオンラインとセボンネットでゲットした!」
得意げに言う美結ちゃんの、毛先に緩くパーマをかけた髪が揺れる。
もうすぐ卒業するんだからいいじゃん、とこの前カラーリングしていた茶色の髪はつやつやだ。
「あーあ、東京だったらHNVも実店舗限定のが買えたのにな。でもこれで今年のお年玉、ぜんぶ使い切ったよ」
美結ちゃんが並べ終えたころには、わたしの机はイケメンたちに占拠されていた。
A6クリアファイル、ステッカー、A4版ポスター、チェキ風フォトカーにトレカ。
その中でキメ顔を向けているのは、どれも今、女子のあいだで大ブレイクしている若手アイドルグループQuicheのメンバー四人だ。
端に追いやられた筆箱をのろのろと鞄に仕舞っていると、わたしの横から手が伸びてきた。
奈々香ちゃんが、ひょいとトレカを取りあげる。あいかわらず手足が長い。ボーイッシュな黒髪もかっこいい。
「美結、やったじゃん! このトレカいいなー! トモキがピンじゃん! しかもウィンク激ヤバい、気絶しそう。私、トレカはヒカルだったんだよね」
「え、見せて見せて! てかカラオケ行こ! 新曲歌いながら、グッズ見せあいっこしよ! 莉子も行くでしょ? 莉子のも見せて!」
「……うん」
わたしは手にした鞄を胸の前でぎゅっと抱きしめ、美結ちゃんと奈々香ちゃんのあとに続いて教室を出た。
いつもはぶうぶう文句を言いながら降りる五階分の階段も、今日はふたりともスキップするように降りていく。
話はもっぱら、発売されたばかりの新曲のことだ。
「もうね、神じゃなかった? これぜったい、卒業ソングだよね。まさに、あたしたちのために作ってくれたって感じする!」
Bメロからサビへと歌い上げるトモキの声が切なかった。Renのダンスがめちゃくちゃかっこいい。大空とヒカルがキスしそうな距離まで顔を近づけるのがドキドキした。
ふたりの話は尽きない。
二十代前半の男子は歌って踊れるイケメン揃いで、デビューするなりまたたくまに十代の女子のハートをわしづかみにした。 美結ちゃんたちもそう。
わたしたちは、高等部に上がったら三人でQuicheのライブに行く約束をしている。
ちなみに美結ちゃんの推しはクールなRenで、奈々香ちゃんはやんちゃそうなトモキ。
わたしは、グループの癒やし担当の大空推し……ということになっている。
「ね、この曲、卒業式で流してくださいって、クス婆にお願いしてみない?」
「クス婆にこの曲の良さなんてわかるわけないじゃん。あいつ三十四歳だよ、三十四。ヤバくない? 枯れ草みあるよね。ね、莉子」
ふり返った美結ちゃんに、わたしはうつむいて顔にかかっていた髪を横にかけ、控えめに口を開いた。
「楠葉先生は婆……じゃないような」
「ババアじゃん、あんなの。クス婆っていうか、クソ婆?」
教務の楠葉先生がババアだったら、わたしの推しなんてジジイだとけなされてしまう。
舞台俳優の佐藤亘さん。三十五歳、男性。
彼が、わたしのほんとうの推しだ。
美結ちゃんの基準で言えばジジイで、おっさんの部類にあたる亘さんに、ファンレターを送ったなんて知られたら……。
親友グループから即座に追い出されるのが、目に見えている。
美結ちゃんはQuicheひと筋でそれ以外は認めないスタンスだし、奈々香ちゃんはそんな美結ちゃんとは幼稚園からの仲で、ふたりの意見が対立したことは一度もない。
だからそのことを、わたしはずっと打ち明けられずにいる。
「でも、お願いするだけしてみようよ。卒業式でQuicheの曲が流れたら嬉しくて倍泣きすると思う」
「だよねー!」
上手く笑えたか自信はなかったけれど、ふたりがはしゃいだから、たぶんこれで間違ってない。