転生騎士団長の歩き方

 その場にいた総団長、スナッチ副団長、スバルさん、クルス、私はお互いを見合い硬直した。

「おい! お前… ラモンだぞ?」

 総団長が語りかけるも、ドーンは冷たい目線を私に送って視線を逸らす。

「総団長、ここは人の目もあります。別室に移動しましょう。ドーン殿も、少し気分が優れないのでは?」

「あぁ… そうだな。少し頭の中をまとめたい」

 スナッチ副団長は近くにいた騎士に指示を出し別室を用意させる。

 私は…

 指先が凍るように冷たい。先程払われた手首もジンジンする。

 オーフェリン様… あんなにウキウキして、こんな事をするなんて…

「ラモン? 大丈夫か?」

「あっ。う、うん…」

 クルスはそう呼びかけてからスバルさんに私を託した。

「すみません、スバル様。アレク様の所に戻りたいのでラモン団長をお願い出来ますか?」

「あぁ、私がドーン殿と一緒に別室へ連れて行こう」

 スバルさんが下を向いている私を覗き込みながら、背に手を置いて支えてくれた。



 別室の応接室で皆でソファーに座りとりあえず一息つく。お互い誰が話すか様子を見ていたが、総団長が口を開いた。

「はぁ… ドーン、どうしたんだ? その様子じゃラモンを覚えていないのか?」

「ラモン? 知らんな。それより、ここはどこだ? 今は何時なんだ?」

「何時だと? 今日は第一王子のミハエル様の婚約披露パーティーだ。王暦九一五年四月だ」

「婚約披露? 王暦九一五年…」

 ドーンは驚いた後黙って考え出した。

「スナッチ、第六のユーキを呼んで来い。至急だ。あと、スバル、ドアの前に立て。ユーキが来るまででいい」

 スナッチ副団長は一礼してサッと退場する、スバルさんは言われた通りにドアへ移動した。今、ソファーには私とドーン、総団長が座っている。

「ドーン、確認だが今のお前の現状を分かる範囲で教えて欲しい」

「あぁ。私の記憶と言うべきか… ハッと意識がはっきりした時に、私は先程のパーティー会場に居た。しかしなぜそこに居るのか、何のパーティーなのかがわからなかった。あと、さっきハドラーが王暦九一五年と言ったが… 私の記憶では今は王暦九一四年八月のはずだ」

「っ!」

 去年の八月… 私と出会う直前じゃん。私は思わず口を抑えてしまう。

 オーフェリン様、あなたと言う人は…

 ドーンの『今一番大事なもの』って私との時間? 思い出? 記憶? 私自身の存在?

 今の私はドーンの中では全くの他人になってしまっている。何てこった!!!

 これが代償なの?

「そうか… パーティ会場で意識がはっきりする前後で何か変わった事はなかったか? 誰かにぶつかったり、魔法を探知したりしなかったか?」

「ない… と思う」

「そうか… ラモン?」

「え? はい」

「お前にはドーンの記憶はあるのか? 俺にはラモンの記憶がある」

「はい。私にもドーンの記憶と言うか出会ってからの思い出も全て残っています」

「そうなると、記憶が抜けているのはドーンだけか。誰の陰謀で目的がはっきりせんな…」

 総団長が考えいているとユーキさんが到着した。その後に続いて、アレクとトリス、クルスもやって来た。

「総団長、お呼びとの事で… ん? ラモン? お前また何かやらかしたのか?」

 ユーキさんは私を見てニヤッとする。が、アレクは私の顔色を見て駆け寄って来てくれた。

「ラモン。クルスから聞いた。大丈夫か? 顔色が悪い」

 アレクは私の手を握り寄り添うように横に座る。

 いつもなら… ここでドーンが割って入ってくるんだけど… 私達のやりとりに一切興味を示さず、ドーンも青い顔で考察を続けている。

「ユーキ、部屋全体に結界を。防音もな。それで座ってとりあえず私の話を聞け」

 ユーキさんはハテナな顔になっているが、総団長の真剣な顔に負けて黙って従った。

「では、ドーン、これから話す事は真実だ。最後まで聞いて欲しい」

 総団長はそう前置きをして、戦後から今日までの話を話し出した。

 ドーンは時折、私を見ては総団長に向き直り、真剣に話を聞く。

「~と言う事だ。一切、思い出さないか?」

「… あぁ。ラモン嬢、先程は失礼した。知らないとは言え… いや知り合いなのか。とにかく申し訳ない」

 ドーンは他人行儀な感じで礼をしてくる。分かってはいても冷たい態度はズキっと心臓が痛い。

「… いえ」

 ドーンの記憶がないのもショックだけど、ちょっと気まずいな。だって私は、なぜドーンの記憶が抜けているのか分かっているしねぇ。

 沈黙が続く中、私はまるっと忘れていた事を思い出した! しまった!

「そ、総団長! 大変です! ドーンの衝撃で忘れていました! 実は報告があります」

「ん? ドーンより大事な事か?」

「う~ん。比べる事じゃないと思いますが… 先程、『トイレに続く廊下で不審者に声をかけられ私を連れ出すように』と言われたと、ある男爵令嬢より報告がありました。ですので、総団長の所に行ったのです。そうだ、行かなければ! 賊かも知れません! 応援を少し寄越して下さい!」

「何だと! 早く言え! ドーンをこんな事にしたやつかも知れんだろう! バカ者!!!」

 と、総団長にゲンコツを喰らう私。痛い。

「しかし… 敵かどうかは…」

 って、私は敵の正体もドーンの記憶の秘密も知ってるんだよね。どう誤魔化そう。でも、あいつらは今の段階で捕まえておきたいしな。

「スバルとユーキ、キャスを探して一緒に行って捕縛せよ」

「「はっ」」

「私が行かなければ意味がないのでは? 私が呼ばれてるんですよ?」

「あぁ? ダメだ。キャスは簡単な変装が出来るからやつに変わりをさせる。戦闘能力もキャスの方が上だしな」

「え~、はい了解です。あっ、スバルさんとユーキさん! 敵なんですけど、多分、廊下は人気(ひとけ)があるので奥の庭園に潜んでいるかと。男性と女性の二人組です」

「あ? 何でそんな事分かるんだ? 他に情報を隠してないだろうな? さっきの… 睨んでいた王女も関係が?」

 ユーキさんが訝しながら質問してくる。

「ないですよ~。その男爵令嬢に言われたんですよ、不審者は男女の二人組だって。それに、王女との関係はわかりません」

 … 誤魔化せた? いや、誤魔化せてない。クルスが目を見開いて無言の圧をかけてくる。そうだよね~、クルスは男爵令嬢の会話を聞いてるもんね。でも、今は黙ってて。お願い。

「王女? まぁ、いい。捕縛すれば分かる事だ」

 総団長は私を見ながらさっさと行くように指示を出す。

「で? ラモン、お前他に何か隠していないか?」

「… ないですよ?」

「ほぉ~。… 今はいいだろう… ドーン、気分はどうだ? まだ顔色が悪いな」

「あぁ。問題ない。少し整理がついた。私は、私だけが誰かのせいで記憶がないのだな」

「今の所はそうと言えるだろう。とりあえず、今日は王城に泊まって行け。明日、改めて話をしよう」

「そうだな」

「して、アレク、お前は何で居るんだ? 俺は呼んでないぞ?」

「クルスより報告を受けてラモンが心配で来た。総団長、ラモンもこのまま王城へ留まらせたい」

「ん~、まぁ。そうだな。しかし、ラモンは捕縛が完了するまではこの部屋で待機だ」

「はい。アレク、ありがとう。もう大丈夫よ。ちょっと混乱したけど落ち着いたし」

「そうか? 少し手が冷たい。私も終わるまで共に付き添おう」

「ダメだ。アレクは出て行け。まだ、パーティーの途中だ。それにお前は今日はホスト側だろうが。王族が抜けるのは良くない。お前の兄だろう?」

「し、しかし! ラモンは私のこのパーティーのパートーナーだ」

「ダメだ。否はない」

「クッ」

 拳をグッと握り総団長を睨みつけるアレクの前にドーンが立ち塞がる。

「王子と言えど総団長に失礼だ。一介の騎士が弁えろ」

 あっ、そうか! ドーンの中ではまだアレクは平騎士のままなんだ。やばいじゃん。

「ドーン、いい。アレクも下がれ、そして早く退室しろ」

 アレクは総団長を睨んでから私に振り返る。

「辛くなったらいつでも来てくれ。私も今日は王城に留まるから。ラモンの部屋の前にクルスをつけるから安心しろ」

「そこまでしてくれなくても… 私よりドーンの方が…」

「いや、私にとってはお前の方が心配だ」

「… 分かった。ありがとう」

 指名されたクルスは、さっきの話の内容の事もあってかすんなり了承している。

 これは、あとで話し合いだな。ふ~。

「よし。ではそれぞれ取り掛かれ」

「「「はっ」」」
「離せ! 触るな!」

 ガヤガヤと別室に入ってきたのは、傷だらけのトロイ・タッカーと猿轡(さるぐつわ)をかまされたあの侍女だった。

「総団長、捕縛完了しました。ラモンが言った通り二名です」

 ユーキさんとスバルさん、キャスリーン様は無傷。さすが!

「ご苦労。で? 何で居るはずのない二人がここに居るんだ?」

 ん? トロイさんは罪人だから分かるけど… この女性も?

「それに関しては吐かないのよ~。どうする? このまま第六に引き渡す?」

 キャスリーン様はやっほ~と手を振ってくれる。余裕だな~、ふりふり。

「そうだな… 今聞いておきたい事があるし、ここで拷問、ごほん、尋問をしよう。ユーキ結界を」

 ユーキさんはさっきと同じように結界を張り直した。

 総団長を中心に私達は罪人を取り囲む。

「キャス、この侍女の口…」

「ダメダメ。多分だけど口に何か仕掛けてあるの。魔法探知はしたんだけど、口だし… 眠らせてからじゃないとその猿轡は取れないわ」

「そうか… じゃぁ、兄の方に聞くとしよう」

 兄? って事はこの女性はトロイさんの妹。あ~、修道院へ行ったはずのもう一人の妹かぁ。なるほど。

「トロイ・タッカー、なぜラモンを狙った? ん? 正直に迅速に答えろ、絶対に選択を間違えるなよ~。今日は時間がないからな、足や手をポキっと折るかもしれん」

 総団長は一切笑わずトロイさんに迫る。トロイさんもビビったのかごくりと唾を飲む音が聞こえた。

「… 私達が没落したのがその女のせいだからだ」

「なぜそう思う? お前の下半身のせいじゃないのか?」

「タッカー伯爵家が没落した原因がそこの女の発明や、女が王族に媚を売ってるせいだからだ。大体、おかしいと思わないのか? 子爵ごときが団長になり、たまたま王子が居る第七へ異動? 身体でも差し出したんだろう… ペッ。卑しい奴め。それに『防犯笛』だと? どうせ少額の特許料に目が眩んだんだろうが、下女の為なんぞに発明なんかするか普通? そこの、卑しい下位貴族の女のせいで、私達はこんな目に! 全部、全部お前のせいだ、ラモン!」

 総団長始め、みんな呆れた顔になっている。全部、人のせい。うわ~、バカはどこ行ってもバカだった。ははは。

「王族に媚び? どうしてそうなる?」

「アレク王子と仲がいいのは前から知っている。同じ第七出身だからな~。しかしそれは意図された出会いだろう? あの方の話では、アレク王子は本来第七で団長代理として自ら出世し第四へ異動になるはずだったそうだ。それを、この卑しい女が横から手柄を… どうせ身体で陥落させたんだろうよ。女はいいよな、股を開けば出世が出来るんだから、ははははは」

 こいつ。ハゲろ。くそ~。

「あの方? 本来? お前の言うあの方は未来が分かるとでも?」

「あはははは、本当に知らないのだな。灯台もと暗しとはこの事だ。あの偉大な方は未来の出来事を何度も何度も的中させている。しかし、戦後から本来の未来が少しずつ変わってきているとお嘆きになった。それもこれも、その原因がそこの女のせいだと」

「戦後から、か…」

 総団長はドーンの事を思っているのかな? チラッと私を見てからトロイの話に戻る。

「本来なら私は騎士団を牛耳るはずだった。ここの妹もアレク王子と恋に落ちるはずだったのだ。そし~」

「ん? ちょっと待て。他にも知っているのか? 自分に関係ない未来とやらを? その聞いている話を全部を最後まで言えるな?」

 総団長は話を遮り、トロイの肩に手をかけた。

「ぐわぁぁぁ。は、離せ!」

「手を折られたくなければ話すんだ」

「… いいだろう。その代わり条件がある。我々を解放しろ」

「話の内容による。有意義な話なら解放しよう」

 総団長! え? 解放するの?

「よし。まずあの方は未来が分かると仰って、何人かの同年代の上位貴族を集めお話会をされた。共に戦争を終結に導こうと。それで身近な出来事の未来をいくつか話され、それが数日後見事的中させた。私はその時この方のおっしゃる事は『本物だ』と確信したのだ。そう、未来を統べる国のリーダーだと。その方が話された未来の出来事に私達、タッカー家の事もあったのだ。さっき話した事だよ」

「しかし、矛盾がある。ラモンが登場してもお前は第二騎士団長になったではないか?」

「それは関係ない。第二の団長の席は私の実力とイバンナの力添えだからな」

「まぁ、いい。で? そこの妹はアレクと? だったか?」

「あぁ、アレク王子が将来妹と添い遂げる。あの方の話では第一王子はイバンナと結ばれたいが故に降下する。我が父の汚名や醜聞が、未来の王妃の実家として不適切だとイバンナが叩かれるのだ。しかし第一王子はイバンナと離れられない、それほど愛しているから。だから、第一王子は自ら王位継承権を放棄し降下するんだ。そして、第二王子は予定通り他国へ婿へ、アレク王子は我が妹と恋に落ち伯爵家を継ぐ」

「お前は継がないのか?」

「あぁ。話はまだ先がある。この妹が、アレク王子がこの先の出来事で大きな負傷をする際、命を助けるんだよ。妹はあの方の腹心だからな、その時にあの方から最上級ポーションを貰うんだ。それで、命を助けた妹と恋に落ち、あの方へアレク王子は忠誠を誓うんだ」

「お前に関係ないじゃないか? 早く話を進めろ」

「うっ。わ、私は、父の不正をあの方と共に暴き、ついでに他の貴族の不正も次々と暴いていく。貴族として清廉潔白な偉大な男として公爵へ昇格する未来が約束されていたのだ! それを、あの女、ラモンが現れたせいで… 何もかもがおかしくなった。今ならまだ間に合うんだ。今日は婚約式だからな、まだ結婚までに至っていない。だからこそ今の内にラモンを、本来の輝かしい未来の為に邪魔なやつを消せば、私が、皆が幸せになる本来の未来へと繋がる。私は正しい事をしたんだ! 正しい事をしたんだぁ!」

 はぁはぁ、と息を切らしてドヤ顔でキメるトロイ様。しかも、『正しい事をしたんだ』って二回も言ったよ。ぷぷぷ。

 私達はお互いに目を合わせ頷く。多分みんなが思い至ったであろう、いつか王女様が私に話した小説の話を思い出した。

『下克上女王は国で一番のバラを咲かせる』

「ふ~。そうか。ではあの方と言う黒幕はブリアナ王女で間違いないな?」

「なっ! そ、それは…」

「あぁ? どうなんだ?」

「グッ…」

 総団長はイラついているのか、何も言わずにトロイさんの肩を外した。

「ガァぁぁぁああ!」

「次は折る」

「ひっ! そ、そうだ! あの方とは王女様だ」

 チョロっ。まぁ、アホな下半身を持ってるトロイさんじゃ関節外しただけで吐いてしまうか。もうちょっと仲間を見た方が良かったね。ブリアナ王女様。

「なぜ、お前達が王城に入れたかはあとで拷問するとして。そこの女も覚悟するように。口の仕掛けを取ったら洗いざらい吐いてもらうからな。ところで、トロイ、もう一つ質問がある」

「はぁはぁ、何だ? それより解放する約束ではないのか? 話が違うじゃないか!」

「あん? 有意義な話ならと言ったはずだ。私達にとっては全く有意義ではない。お前らの妄想話だろ?」

「は? そ、そんな… やばい… 殺される…」

 トロイさんは一気に顔が青くなりブツブツ言い始める。

「おい、トロイ、ドーンにも何か仕掛けたか? お前じゃなくてもいい。別の誰か、別の仲間が攻撃したとそんな話は聞いていないか?」

「ド、ドーンだと? 知らない。今夜のターゲットはラモン一人だ」

「… 本当だな? また聞くぞ、腕に?」

「ほ、本当だ。ドーン副団長は計画に名前がなかった」

 納得したのか、総団長はとりあえずここで一旦尋問を止めるようだ。まだ、王城ではパーティーしてるもんね。

「ユーキ、こいつを最上の牢へ入れておけ。妹の方もな」

「了解しました」

「キャス、至急陛下の元へ。何もないと思うが警備を強化しろ。パーティー終了後に話があると伝言を頼む」

「了解」

「スナッチは第二王子につけ。護衛は居るだろうがそれも含めて変な動きがないか警戒しろ」

「はい」

「スバル、ユーグを探して王女を見張れ。今でも第五がウジャウジャついてるが、表面上は姿はないはずだ。会場内、半径二メートル以内で誰と話したなど、細かく観察しろ」

「了解です」

「ラモン、お前は… 王城の部屋を用意する。今日はこれから明日呼びに行くまで外に出ない事。危険だ」

「了解です」

「よし。解散」

「「「「はっ」」」」

 やっぱり王女様だった。そして小説の内容… 物語だからかな? ちょっと所々無理ある設定があったな。あのトロイが清廉潔白? 下半身が我慢出来ないのに?

 ふ~。

 とりあえず、上手く行った。

 さて、ドーンの記憶の事、どうしよう。総団長に言うべきか… う~ん。
「ふぁ~」

 昨晩、あんな事があったけど私はぐっすりすっきり寝られた。王城のベットは格別なのか、私の性格が図太いのか。はは。

 今は明け方近いので部屋はまだ薄暗い。私はのそのそとベットに座り直した。

 女神様、ドーンにあんな事しなくても… 一番大事なものが私だったなんて。

 …

 ふふふふふふ、普通に… 普通にうれしいなぁ。

 ん?

 !!!

 うれしいのか私!!!

 そっか… うれしいんだ~。

 あの時、死を覚悟した瞬間、頭に浮かんだのはドーンだった…

 てっきり、最後に目に映った人物だからドーンが出てきたと思っていたんだけど。

 そっか! そうなんだ!!!



 いや、でもそっか… なんだったよぉぉぉ。

 そうだよ… 今更恋心を自覚しても、ね。

 バカバカ、鈍い私。

 もうその想いが… ドーンの中には無いんだよ。

「無くなっちゃったよ」

 涙がポロポロ流れる。朝から心が響く。痛い。

「うっ、うっ、うっ」

 少しだけ私は泣いた。外に聞こえないように布団に顔を埋めて声を押し殺す。


「はぁ~、久しぶりに泣いたな。ふ~、さて、どうするか。これからだよね。命が助かったんだしね。文句を言っちゃいけないね」

 っと、クルスと話さないといけない事を思い出した。いっけない。私は寝巻きにガウンを軽く羽織ってドアへ向かう。

「クルス? 居る?」

「… もう起きたのか?」

「うん。ちょっとだけ話せる?」

「あぁ」

 ドアを開けクルスを招き入れた。

「今は誰も居ないし。中に入ってドア締めて」

 クルスは廊下を目視確認してから部屋に入る。が、ドアの側から動こうとしない。多分、クルスなりに気をつかてくれてるのかな? 未婚の女子の部屋だからね。

「ごめん、廊下だと聞かれたらまずいし。だから小さい声で話すね。あの男爵令嬢の話… 私、総団長にウソを報告をしたよね? それでその通りになったよね?」

「あぁ。なぜだ? もしかしてだが、お前も敵とグルなのか? もしくは潜入捜査とか?」

「はぁ? グルな訳ないじゃん。でもあの時黙っててくれて助かった」

「いや… 俺はてっきりスパイなのかと… だから敵の人数を知っていたのかもと思った」

「スパイね。そうくるか… てかどっち側の? も~、私はスパイではないわ。ただ、夢に見たのよ。信じられないでしょうけど」

 どこぞの王女様みたいだな。無理ある? でもこれぐらいしか誤魔化し方が思いつかない。

「夢だと?」

「うん。あのパーティーでの令嬢達とのやりとりを、つい先日夢で見てたの。その夢は『夜の庭園でドレス姿で男女二名の賊と対決する』と言う物。最初はピンと来なかったんだけどさぁ、『ドレス』と『不審者に呼び出される』で咄嗟に結びつけちゃった。ごめん。結果はいい方向へ向いたけど、違う結末を考慮しなかったわ。最悪な場合も想定するべきだった。二人とかじゃなく、複数班の可能性もあった訳だし… 団長として騎士として反省しないと」

「…」

「て、申し訳ないんだけど~この事は秘密にしてくれる?」

「あぁ。本当に結果が良かったからいいが… 今度から夢と現実を混同するなよ。それにそんな時は事前に誰かに相談するんだ。ドー… いや、ごめん」

「いいよ。そうだね。今度からはドーンのような、信頼出来る側近に話すよ。今後は無理だろうけどさ、ははっははは」

 クルスは気不味くなったのか私の頭を撫でて誤魔化している。慰めてくれてるのかな? その手はとても優しいので逆に寂しくなって来た。

 ドーン。

「その~ドーン様の事は残念だ。敵の攻撃だとしても… いつか記憶が戻るといいな」

「うん」

「団は違うが、俺もトリスも、それこそアレク様がいる。頼って欲しい」

「うん、うん」

 ダメだ。今日はダメな気がする。また、涙が溢れてきた。

 クルスはじっとその場で私が泣くのを見守ってくれた。側に誰かがいるのがこれほどありがたいと思った事はない。

 私はしばらくクルスに甘えその場でまた泣いた。

「ぐすん。は~、ごめん。泣いちゃダメなのに… でもスッキリした」

「あぁ。あまり溜め込むなよ。今、まだ時間がある、もう少し寝ろ」

「うん。ごめん、ありがとう」

 クルスはそう言うとドアの外へ出て、私は言われた通りにベットへ戻って二度寝した。


「ラモン様! 朝でございます!」

 王城の侍女さんが朝の身支度を手伝ってくれる為に入って来た。

「あ~、うん。おはようございます」

「今日はいい天気です。顔を~ って、キャ~!」

 叫び声を聞いたクルスが慌てて部屋へ入って来た。侍女さんは騎士の登場に慌てて訂正する。

「も、申し訳ございません! 何でもございません! 私が… 騎士様。大丈夫です。ですので、どうか外に。まだお嬢様は寝間着でございます」

「なっ。あっ、すまん」

 なぜかクルスは赤い顔で退出する。ははは。どうしたのかな? 侍女ちゃん?

「どうかしたの?」

「あ~、その~。ラモン様のお顔が… 顔が腫れておいでで… すみません。昨夜はパーティーでしたものね。お酒もすすんだのでしょう」

 やばっ。泣いたから。ごめんクルス。

「驚かせてごめんね侍女さん。昨夜は疲れてそのまま寝てしまって、へへ」

「いえ、私が悪いのです。こんな事で騒いでしまって申し訳ございません。では、そのお顔を落ち着かせましょう。今蒸しタオルをご用意致します」

「ありがとう」

「では、お着替えはお手伝いが必要でしょうか?」

「あぁ… 着替えが無いんだった。第三騎士団に使いをやって、私の騎士服を取ってくるように伝言をお願い出来る?」

「かしこまりました。朝食は部屋でお願いします。その際にお持ちします」

「何から何までありがとう」

「いえ。礼など不要です。では」

 侍女さんは一礼して退室した。

 は~、私の顔今どんな事になってる? プロの侍女さんが驚くぐらいだし相当パンパンそうだな。ふふふ。

 私はやる事がないので、ベットに仰向けに寝転がった。

 今日の会議? 審議? どうしようかな~。どんな感じなんだろう。

 って、私の秘密とドーンの記憶、そして王女と女神様。

 ドーンとアレクは秘密の事は知ってるけど。あ~今はアレクだけか。

 私の秘密を総団長にも打ち明けようか。

 どうしようか。でも悩んでもしょうがないか。事件とドーンの記憶が結びつかないもんね。

 うん。

 あとは信じよう。数ヶ月の付き合いだけど、総団長はきっといい人間のはずだ。
「おう! おはようラモン」

 第一の団長室へ呼ばれたのは、そのまた次の日の昼過ぎになってからだった。缶詰だった私はヒマだったので、久しぶりに読書をして過ごした。色々事後処理があるからね、しょうがない。

「お疲れ様です! ユーキさん一昨日はありがとうございました」

「いや。問題ない。それより身体は大丈夫か? その… ドーンは残念だ。団長、副団長で仲良かったからな~お前ら」

「ううん。いいよ。しょうがないし」

「それならいいんだが… まっ、困った事があったら何でも言え」

「え~? 優しいユーキさんってちょっとキモイんですけど~、ははは」

「お前! 下手に出たら調子こきやがって!」

「ははは」

 この二日で落ち着いた私はユーキさんをいつもの様に揶揄うと少しだけど元気が出てきたよ。よし。いけそうだ。

「ま~ま~、ラモンちゃん~。大丈夫?」

 ユーグさんが両手を広げて迎えてくれる。

「あはは。大丈夫ですよ~」

 ぎゅーぎゅーに抱きしめられてちょっと苦しい。

「そう? それならいいんだけど。びっくりしたわよ~、ドーンの記憶がないなんて。あなた達いいコンビだったから」

「ん~、ま~。ドーンの方がショックは大きいかと。当事者ですから」

「へぇ~。ラモンちゃんもショックなんだ~、ふ~ん。ドーンの記憶がなくなって~ん~?」

「べ、別に。いいでしょう! 私の部下なんですし、心配して当たり前です」

「別に~いいけど~。恋の相談ならいつでも乗るわよぉ~?」

「ははははは、恋って何の冗談ですか、あははは」

 ユーグさん。さすがに鋭いなぁ。変な汗が出てきた、もう。

「皆揃ったな。団長会議を始める」

 総団長が席に着くと、各団長達も席に着いていよいよ会議が始まる。

「今回招集したのは一昨日のパーティーに賊が入った件だ。各自大体の事は把握していると思うが、答え合わせついでに話を聞いてくれ。スナッチ、報告を」

「はい」

 スナッチ総副団長が総団長に代わり、事のあらましを話し出す。

「一昨日、夜八時過ぎ、総団長と歓談していた第三副団長ドーンが突如体調不良にみまわれ別室に移動。その際、ドーンには記憶が混濁するという症状が見られました。また、その十分後、第三のラモン団長より賊が侵入したかもしれないと報告を受け、第六ユーキ団長と第一のスバル、第三魔法士団副団長のキャスリーンが現場へ向かいました。捕えた賊は二人。元タッカー伯爵家の子息と子女である事が判明。この事件は今後第一のスバルと第六が担当します。現在、容疑者は第六の第十九牢に収容されている」

 第十九牢か、第一級の重罪人が入る牢屋じゃなかたっけ。結構厳重なんだな。

「はい」

 第七のシニアス団長が手を挙げた。

「ドーン氏は魔法攻撃を受けたのでしょうか? それとも物理的な何か? 薬とか… で、その犯人は同じ賊、またはその仲間の仕業ですか? と言うか本人はどこですか?」

「まだ全てが不明だ。ドーンは現在療養中である。この件は総団長直々に調査に当たる。また、本人は混乱が見られる為、復帰には一ヶ月程先を予定している」

「ん」

「どうぞ、グロッサー副団長」

「この場を借りて再度申請させてもらっていいっすか。いい加減、うちの団長を決めてくれない? 今回捕まったヘボが辞めてからトップがいなくて困ってるんすよ~。お願いしますよ~。次は使えるやつでお願いします」

 第二副団長のグロッサーさんがタメ口混じりでキレ気味に話の流れを変えた。猛者だなぁ。

「グロー、ちょっと待て。この後にその話もする予定だ」

「うっす」

 グロッサーさんは満足したのか、両手をポケットに入れて壁際に下がる。

 ちょい悪なの? 度胸あるね。

「では、今後の進捗は第六へ問い合わせる事。次、団長について。総団長お願いします」

 総団長は私達を見回し、一息ついてから話し出す。

「今回の事件を受けて、第三副団長のドーンは第一へ異動。私の下に戻る。そして、第三団長ラモン?」

 え? 私? てか、ドーンが戻るって… 離れるの?

「はい」

「お前は、また異動で悪いが第二へ行ってくれ」

「は?」

 第二って。私も元に戻るのかな? ついに平騎士に戻るの? え?

「そして、空いた第三団長の席は第一のゲッコーが就く事になる。意見がある者は?」

 パチパチパチと拍手が鳴る。概ね、みんなは賛成の様だけど。

「ちょっといいですか?」

「ん~? 何だ? 第二は嫌か?」

「いえ… 私も戻るのはいいんですが、団長は誰でしょう?」

「何言ってんだ? お前だよ。第二団長はラモンだ」

「はぁぁぁぁ? 平騎士に戻るんじゃないんですか?」

「団長から平に戻さねぇよ。バカ。失敗した訳でもないのに」

 いやいや。

 久しぶりにニヤニヤ顔のスナッチ副団長が総団長の後ろでエアー『ば~か』をしている。むむむ。

「いや、団長としてこれで三度目の異動ですよ? 一年以内でちょっと異例過ぎませんか? 先程のゲッコーさんが第二へ行けばいいのでは?」

「それはない。今後の第三の課題は、王城警備の各騎士の力量を上げる必要がある、だ。ゲッコーは双剣の名手だし適任なんだよ」

 … それを言われてしまっては言い返せないよぉ。確かに私は騎士としてはまだまだ実力がないけど… 私がしゅんとしていると総団長が笑い出した。

「ははははは、ラモン。お前はよくやっている。今度は第二だ。確か『掃除屋ラモン』だったか? また好きな様にやって団をキレイにしろ」

「好きな様にって… 掃除屋なんて呼ばないで下さい!」

 たまたま策が当たっただけじゃん! しかもドーンが居ないんじゃぁ… 自信もないし、やる気も出ないよ。

「では、新団長は明日から着任しろ。急だが引き継ぎを今日中にやってくれ。取り敢えずは大まかでいい」

「「「はっ」」」

 こうしてあっという間に会議が終わり、私は第二に戻る事になった。団長としてね。は~。

「なぁ、ちょっといいっすか?」

「ん? はい」

 私を呼び止めたのは、さっき文句を言っていた第二副団長のグロッサーさんだった。
「グロッサーさんでしたっけ?」

「あぁ、グローでいいっす」

「あぁ、はい」

 相変わらず両手がポッケの中だ。ん~。私はいいけど、ここは団長会議の場だしね。でも、明日から団長だし、突っ込んでいいのか、どうなのか迷うな。

「あの~、団長は昔第二に居たんすよね?」

「うん。昔って言っても一年経ってないし、まだまだ出て間もないけど? どうかした?」

「実は今、第二って平民騎士と貴族騎士の間でバトってて」

 ん? バトる? なぜに?

「え? 何で? 私が居た時はそんな雰囲気はなかったけど」

「あのヘボのせいですよ。あいつが団長になった日『これからは貴族騎士が騎士階級に関わらず上に立つように』って。それから貴族騎士が仕事しなくなっちまって… そんで、今はその本人が捕まっただろ? 平民騎士と貴族騎士がケンカっぽくなってさ。まずはそれをなんとかして欲しいんだ。俺は平民騎士だし副団長だからあんま聞いてくんないんだ。そもそも団をまとめる権限がないし」

「あ~、そう言う事」

 う~んと考えているとグローはもう一つ問題を挙げる。

「あと一つ。教会絡みなんだけどさ」

 ゲッ。教会。

「教会と言うと、第二だから修道院とかかな?」

「そう。西の修道院がきな臭いんだよ」

「わかったわ。今はごめん。私も今の団の引き継ぎと引っ越しと色々あるから。明日の午後でいい?」

「了解っす」

「出来れば、さっきの事やら何やら報告書をまとめといてね」

「げっ。わかりました」

「じゃぁ、改めて、よろしくね。グロー」

「うっす」

 はぁ~。やっと慣れた頃にまた異動だよ。キリスとゲインとも仲良くなって来て連携も取れた矢先なのに…

「あっ。総団長。今からお時間頂けませんか?」

「今か?」

「はい。ドーンの事で。出来れば二人きりで話がしたいです」

 それを横で聞いていたスナッチさんは即座に反対してくる。

「ダメです。今から予定がびっしりです。小娘のお悩み相談に時間は割けません」

 また『ば~か、ば~か』と口パク。くそっ。ムカつくな。

「ラモン、スナッチのこれを聞いてもどうしてもか?」

「はい」

 総団長に真剣な顔で凄まれるが、私は負けじとじっと目を見て頷く。

「よし。一時間だ」

「そ、総団長! 何でこいつばっかり! 甘いです!」

「甘くない。ここで話をする。さぁ、時間がないんだろ? 皆出て行け」

 総団長は即座に会議室に残っていた人達を追い出してくれた。

 さぁ、ドーンの、私の話をしようか。

「で?」

「はい。まずは私の秘密を聞いて下さい。そしてその内容を誰にも言わないで下さい」

「誰にも? 内容によっては共有するが… どんな事だ?」

「至極私的な事で、今は記憶がありませんがドーンは私の秘密を知っていました。そして、私は今のドーンの為に総団長へ打ち明ける覚悟を決めました。魔法誓約は必要ないですがそれ程のものです」

「魔法誓約か」

 う~んと手を顎に当てて考えている。どうする?

「わかった。これより話す内容は俺の中に留めよう。誓うか?」

「だから誓約は必要ありません。総団長を信じます。ドーンの親友でしょう?」

「ははは、親友か。そうだな。では聞こうか?」

 私は、ラモンとして生き返った事、女神様の事、ギフトの光魔法の事、それを黙っている経緯を話した。

「… 光か。回復魔法なぁ。それで?」

「あの日、私はまた死ぬ運命で、ドーンも巻き添いで命を落とす所を女神様に助けて頂いたんです」

「また女神様か」

「はい。私があの賊に詳しかったのは、クルスと対峙して正体を知っていたからです。そして、女性の口の中に仕込まれた魔法に気づかず、救援に来たドーンが私と共に… 女神様は死ぬ予定だった三〇分前に時間を巻き戻してくれましたが… 助ける代わりに…」

「もしかしてドーンの記憶か?」

「はい。私は女神様の加護があるので無償で助かったのですが、ドーンは代償に私の記憶をごっそり持っていかれました」

 …

「ふ~。命と引き換えに記憶か… ラモンの記憶に何か鍵があるのか?」

「えっと… その~… 女神様はドーンの一番大事なものを貰うとだけ言ってましてですね」

「ぶはははは。まさか! そうか! そうか…」

 いきなり爆笑したかと思ったら一転、シリアス顔になって総団長が私の手を握りながら語りかけてくる。

「ラモンにとっては辛い出来事だろうが、ありがとう。あいつの、ドーンの命を助けてくれて」

「いえ。助けたのは女神様です。それに記憶がないんじゃぁ~」

「いや。それだけの犠牲で助かったんだ。十分だ。さっきも言ったがラモンには辛いだろうが」

 …

「でも、ドーンの大事なものか。せっかくの想いが… 親友としてはやっと来た春に喜びたいのと、しかし命には変えられないからな。生きていてくれる事に感謝すればいいのか、迷う所ではある。が、まぁ、お前達は親子ほど離れているしな。これから先、どうこうはドーンも考えてはなかっただろう。ま、いいじゃないか。お前らの主従関係は惜しいがな。いいコンビだったからなぁ」

 ですよね。総団長からしたらそんな感覚だよね。私も、今更恋心に気付いたとは言い出しにくいし。

「ん~。まぁ」

「ちょうど異動で離れるし、今はお互い時間を置いて、しばらく経ってからまた組んでみるのもいいんじゃないか?」

「そうですね」

「まぁ、ドーンの事情はわかったよ。俺もお前を信じる。しかし、その話をどう処理するか…」

「そこなんですよね~」

「この件は俺が担当だしなぁ、どうにでも出来る。そうだなぁ、恐らくだが、トロイは死刑になるだろう。王族の、しかも婚約パーティーに、犯罪者である自身が乗り込んだからな。関係者の王女達の件もあるが、全部終われば死刑だろう。だから、死んだ後にあいつのせいにする方向でいくよ」

 ははは、死人に口なしか。全部あいつのせいで済ませるんだね。

「そこは… 総団長に任せます。なので記憶は戻らない可能性があります。女神様のお力なので」

「よし。よく打ち明けてくれた。で、今後は光魔法をどうするんだ? 隠すのか?」

「それは… 考え中です。また相談するかもしれません」

「あぁ、その時は俺を頼れ」

「はい! ありがとうございます! あと、ドーンですが会う事って出来ますか?」

「ん~。今は難しい。療養が終わった後がいいだろう。その時は一席設けよう」

 が~ん。一ヶ月先。

「はい… よろしくお願いします」

「まぁ、そう気に病むな」

 私はそのまま第三へ行って、急いで引き継ぎとかをした。

 最後に、短い付き合いだけど、キリスとゲインが名残惜しそうにしてくれたのはちょっとうれしかったな。へへ。
「グロー、今日からよろしくね」

「うっす」

 今日も両手にポッケなグロー。ちょっと初日だけど最初が肝心だしね。言っちゃうか。

「まず、その両手を出そうか? 気になってたんだよね。団内では極力言わないようにはするつもりだけど、上官や他の団の騎士の前では、姿勢と態度は改めてね。服装とかは追々でいいから。あと、口調も。普段はタメ口でいいから。今の通りでいいよ。でもね、団長会議ではちゃんとしてね」

「わかりました。すみません」

 ちぇ~っと言いそうな感じではあったが、すぐに態度を改めてくれた。よしよし。

「じゃぁ、現状の把握をしたいから、昨日言ってた報告書とここ一年の収支報告書を見たいから持って来て」

「机に用意しておきました。あと、騎士名簿もあります」

 お~、仕事が早いな。実は有能?

「ありがとう。あとさぁ、グローは今日は帰っていいよ」

「はぁ?」

「だって目の下のクマがすごいし… 今日まで第二を一人で支えてくれてたんでしょ? 私は今日はこの机から離れられないだろうし。一日しか休みをあげられないけど… お疲れ様」

 グローは変なものを見る顔になってフリーズした。

「だ、大丈夫?」

「はっ、え? はい。休んでいいんすか?」

「うん」

「は~~~。マジか~。休みだぜ~」

 グローはそのまま団長室のソファーに倒れ込み、グ~っと声を出して秒で寝た。

「え? ここで寝るの? ちょっと、グロー?」

 ゆっさゆっさと身体を揺らすが全然起きない。こっちがマジかだよ! 本当に!

「まっ。いっか。害はないし」

 私はグローに上着を掛け布団代わりにかけて事務仕事に集中する。

 まずは、報告書。

 うんうん、言っていた通りの内容だ。


 一通り目を通してわかった事がある。城下街警備が疎かになっているから、治安が悪くなている。苦情が去年に比べて増えているしね。そして、その影に隠れて教会がちょっと目に余る感じかな。この教会の無茶振りが気になるな。最後は、この騎士名簿。多分作成したのは、前副団長で現第七団長のシニアスさんだろう。よく出来ている。騎士の特徴と履歴がよくわかる。

 ふ~。

 シフトは前団長のトロイが来る前に戻せばどうにかなりそうだし。騎士達もあまり異動は無いようだからこの名簿を参考にして、早く側近を決めよう。グローだけじゃちょっと手が回らないだろうしね。あとは、ケリーだよ。親友が居るからちょっと心に余裕が出来るかな。

 今まで、ドーンがほとんどやってくれていたような事を、今後は数で分散しないとね。さぁ、がんばりますか!

「グロー、グロー。起きて。もう夕方だよ?」

「へ? はい。すんません。ここで寝ちゃったっすね。え? もしかして全部読んだんすか?」

「あ~、うん」

「これは… あのヘボ貴族と違う? ごほん、で? どうでした?」

「うん。教会が一番の悩みかな?」

「そうなんす。俺らもそこまで手が回らなくって。西の教会で布教活動? って言うんですかね。集会が頻繁に行われて、信者が、それも熱狂な信者が増えてて。あぁ、信者が増えるのは問題ないんすよ。問題なのは、その熱狂信者が揃って『女神様の使徒を王に』と言うんすよ。しかも声に出して。使徒ってなんすかね? 聞いた事あります?」

「ない。使徒か… 何か手がかりがある?」

「ないっす。俺んちあんまり教会へ行かないんで」

「いやいやそう言う事じゃなくて、他の隊員に聞いたりは?」

「ないっす。忙しかったんで」

 グローはあくびをしながらお茶を入れてくれた。まぁ、しょうがないか。

「わかったわ。その件は明日以降、私達で調べましょう。あと、明日だけど、朝礼で挨拶するし。その時に側近も発表するから。その人選はここに書いといた。今見てくれる? グローから見てこいつはやばいとかあったら教えて」

「うっす」

 グローはざっと目を通して、目が止まった。

「こいつ… 知らねぇっす」

「は? 知らない? 異動になったとか?」

「どうっすかね。俺が第二に来たのはあのトロイのヘボと一緒だったんで。でも、この名前は知らないな。今の団には居ないと思いますよ」

「でも… 名簿には異動してきたとか書いてないし…」

 ん? どう言う事?

 私が第二に最後に居たのは約八ヶ月前。四ヶ月前にトロイが就任したから、この四ヶ月間で来た人? その前の四ヶ月で来た人なら、その時に副団長をしていたシニアスさんに聞けばわかるかな?

「わかった。一応、明日名前を読み上げてみるわ。もし、存在するならグローは黙っててね。今まで居たかのように振る舞って。もしかしたらスパイ? かもしれないし」

「スパイって。ははは、どこの?」

「第五が何らかの思惑で… それこそトロイを見張ってたとかで臨時で居たのかも」

「それなら、明日はもう居ないんじゃないっすか?」

「それもそうだなぁ。う~ん」

「まっ、明日呼んでみて、もし居たら様子見って事で。下手に詰め寄っても逃げられたら困るし」

 グローはあっけらかんとしている。ん? 気にならないのかな?

「え~、どうしよう。めっちゃ強い人とか、めっちゃ悪意のある人だったら…」

「団長って… 何かやらかしたんすか? 狙われる理由でもあるんすか?」

 いや~。狙われると言うか、睨むと言うか、絡まれてると言うか。

「ちょっとね。王女様に嫌われてる? ほら第四の団長が王女様のお兄さんでしょ? 私、その人と仲がいいから『近づくな』って言われた事があってね」

「な~んだ。ただの嫉妬じゃないすか~王女様とか言うからビビったぁ。大丈夫っすよ~それ。上位のお嬢様でイケメンの兄に近づく、自分より下のハエが気になるんでしょう」

「おい! ハエって… もうちょっと言い方があるでしょ!」

「すんませ~ん。ほら、団長って、女子にしては飾りっ気ないと言うか… 黄色の瞳は魅力的ですが、他は普通じゃないっすか。王族や上位貴族からしたら普通でしょ?」

 …

「本当の事をズバズバと~! もう! わかってるわよそんな事!」

「ならいいんす。って事で、明日、もしそいつがいたら様子見って事でいいんすね? 居たら居たで面白そっすけど」

「全然面白くない! ふ~、じゃぁ明日はよろしく」

「うぃ~」

 グローは全身伸びをして身体をボキボキ鳴らしながら帰って行った。

 は~。私も帰ろっと。
「先日付で第二騎士団団長に就任したラモンです。一年前までここに居たので多少の事は理解しています。前団長の帰還で混乱した団を立て直したいと思います。騎士階級や勤務体制、給与などは、私が在籍していた時代の仕様に戻しますので。それから、側近を選出しましたので発表します。と、その前に、質問のある人?」

 パチパチパチと拍手が鳴ってるからOKかな? よし。

「ないようなので呼ばれた人は前に出て来て下さいね。サンチェス、ミロ、ケリー、ネスタリオ」

 ワクワクワク。

 グローも知らないと言ったミロ・ジェスター騎士。さぁ、居るかな?

 ぞろぞろと前に出る四人。きゃ~、ケリー! 私は久しぶりの親友にニコニコ顔になる。

「あ、あの~」

 そろっと手を挙げる新人騎士。若い騎士が先輩にせっつかれている。代わりに言えって?

「どうぞ」

「その~、あの~」

 と、なかなか言い出しにくいみたいだ。どうしたんだろう?

「何でしょう? 何でもいいですよ?」

 私が優しく言い返すと、後ろに居た先輩騎士が新人騎士を押し退けて私を指差す。

「おい、ラモン! お前、親友だからってケリーを側近にするのはズルくないか? それなら俺を入れろよ」

 あ~、いつかの先輩。しかもラモン呼びに戻ってるじゃん。てか、この人にかわいがってもらった記憶が皆無なんだけど。

「おい、そこ! ラモン団長だ! 今はお前の上官だ。団長を付けろ。他の者もだ! 昔は後輩や同僚だったかもしれないが、今は団長だ。今後は敬意を払え、いいな?」

 珍しくグローが横に入る。偉いな。私が言うと角が立つしね。普段はダルそうなのに、やるじゃん。ありがとう。

「ふん、それよりケリーの事、ラモン団長さんよ~どうなんだ?」

「ケリーは親友です。おっしゃる通り。でもだからですよ。私が何を欲し、何を考えてるのか、部下として即戦力の人材です。例えばですが、あなたは私が思ってる事を先回りして準備や補助が出来ますか? それにケリーは公私混同はしません。親友だからこそわかっています。有能な側近になってくれる事間違いなしです」

「…」

 言い返せないようで、いつかの先輩は黙ってしまった。その周りに居た野次馬もバツが悪い顔をしている。

「ケリーは今後、このような声で風当たりが強くなるでしょう。でも、みなさんには手助けをしてあげて欲しいんです。ケリーは団の為に仕事をしてるんですよ。何も私と遊ぶ為じゃない。みなさんと同じように第二の為に、団を立て直すべく尽力してくれるでしょう」

「団長、いいっすか? 俺からも」

「いいよ」

「おい、お前ら。俺は知ってる通り平民出身だ。だから副団長なのに今まで出来なかった事が多いし、口調もこの通りで貴族騎士達には不満があるだろう。でも、ラモン団長は違う。言葉も態度も悪い俺を見てくれで判断しなかった。ちゃんと話を聞いてくれた。第二は生まれ変わる。平民だからとか貴族だからとかがなくなるんだ。だから、これからはみんなでラモン団長を支えて行こうぜ!」

『うぉ~』と大歓声が上がる。第二も平民騎士が多いからなぁ。苦労したんだね。

「ありがとう、グロー。信頼が厚いんだね」

「うっす」

 と、グローは耳を赤くして恥ずかしそうに私の後ろに下がった。

 私の横にそろった側近を見る。全員いる。

「では、解散。他に疑問や文句でも、何かあったら団長室までお願いします」

 グローに目配せし、朝礼はそれで終わらせた。

「では、側近のみんなはこのあと団長室へ来て下さい」


「みんなソファーに座れ。ケリー、悪いがお茶を入れてくれ」

 早速グローが指示を出す。私をソファーに座らせると、私の後ろに立った。

「では、団長お願いします」

「ありがとう、グロー。みんなも楽にしてね。昨日グローにも言ったんだけど、タメ口や姿勢など団の中ではとやかく言いません。団の外、勤務中や他の騎士団の人が来た時はちゃんとしてくれたらいいから。って事で、みなさん初めましてね。ケリーは知ってるけど、他の人は私が抜けた後に来た人かな? 今日から側近になるに当たり何か意見はありますか?」

「はい」

「どうぞサンチェス」

「団長は団を元に戻すとの事ですが貴族騎士は言う事を聞くでしょうか?」

「聞かなきゃ仕事にならないから即時減給、降格またはクビかな?」

「ただの脅しではなく?」

「脅しても時間の無駄じゃん。一回目は減給、二回目は降格で大体わかってくるでしょう」

 サンチェスは目を見開いて驚いている。グローに目配せしてうんうんと納得したみたいだ。

「私からはなぜ四人も側近を? 今までは居なかったように思います」

 ケリーから質問が挙がる。

「前々団長と副団長は任期も長かったし有能で騎士階級も上級でした。でも、私は戦時の功績で団長に昇格したんです。実力は中位騎士、団長としてもまだ一年経っていません。それを補う為です」

「第二の勤務体制などを改めるだけで四人も要りますか?」

 今度はネスタリオだ。

「それだけが仕事じゃないの。今は細かいモノを合わせると色々と問題があってね。一番の問題は教会よ」

 さっきから様子を伺っているが、例のミロは終始ニコニコ顔で裏が読めない。う~ん。

「教会?」

「うん。今から報告書を読んでくれる? ちょっと長いから」

 グローはみんなに報告書を回す。

 みんなが読んでいる間に私はミロに話しかけた。

「ミロの騎士経歴書が汚れてて、一部読めない箇所があったんだけど、口頭でいいから今答えてくれる? グロー、名簿に加筆して」

「了解っす」

「何でしょう?」

「ごめんね。大した事じゃないから、読みながらでいいわ。まず、第二の前はどこに居たの?」

「第五です」

 即答かよ。

 そしてまさかの第五。どう返そうか。むむむ。

「第五? へ、へ~、主にどんな事を?」

「ふふふ。ははははは。演技が下手ですね~。団長は私の正体がわからないのでしょう?」

 ミロの横で報告書を読んでいたケリーが、咄嗟にミロの喉元を剣で押さえる。

 お~。ケリー、やっぱり鋭い。

「おやおや、物騒ですね。これは何かの演出ですか?」

「いえ。ごめん、ケリー、いいわ」

 そう言われたケリーは睨みながら剣を戻す。サンチェスとネスタリオはハテナになって動揺している。

「ミロ・ジェスター。あなたがうちに異動になった経緯が、と言うか、名簿には紙の履歴があっても、あなたの存在自体が第二の過去にないの。どう言う事か説明を」

「ふ~む。そうですねぇ。総団長はこの事をご存知で?」

「総団長? いえ、側近に指名したのはまだ報告していないわ」

「そうですか… 言える事は、それより上の存在に送り込まれました」

 それより上? 王族? いや、総団長は王族。でも、騎士団の組織で言えば、総団長に命令を下せるのは陛下。やっぱり王族かぁ。

「了解。第二でのあなたの仕事内容は?」

「調査と護衛です」

「対象は?」

「ここまでです。あなたならわかるでしょう? いやいや、側近にして頂いて手間が省けました」

 ミロは依然、ニコニコ顔で表情を変えないので全然読めない。

「… 了解。第二の本来の仕事もしてくれるのよね?」

「そうれはもう。側近ですから、ちゃんと給料分は働きます」

「ならいいわ。今のは聞かなかった事にする。私には害はないんでしょう?」

「はい」

「グロー? そう言う事だから、過去の詮索は終わりよ。みんなも、今の会話は忘れるように。外に漏らせばクビよ」

「うっす」
「「「はっ」」」

 他のみんなは総団長より上で何となく察しがついた様で、誰からもツッコミはなかった。

 はぁ~。この先大丈夫かな。
「今日は東側、主に平民街の教会を周りましょう」

「ん? 西の教会はどうするんです? 怪しいのは西ですよね」

「そうなんだけど、教会も横につながってるでしょうから調査がてらね」

「「了解」」

 私とグロー、ミロで調査へ出かける。ケリー、サンチェス、ネスタリオは体制が元に戻ったので、第二の現場監督で見回りをする。

「東かぁ。スラム問題はどうなってるんでしょうね?」

 ミロはニコニコしながら質問してくる。その顔、いつも同じ笑顔だから質問とのギャップが… その内慣れるかな。

「スラム問題か。前々団長も対応はしてたみたいだけど… あいつのせいでどれだけ酷くなってるか… あとでちょっと覗いてみようか?」

「うっす。それならスラム近くの教会は最後にしますか。残りの二教会を先に行く感じでいいっすか?」

「そうね。まずはここ。東門に一番近い教会へ行きましょう」

 東門に近い教会には少し思い入れがある。第七の時にやった移民問題で、自立出来なかった老人が数人居るのだ。その後どうなったか気になっていたんだ。

 教会に到着してドアを叩く。が、誰も出て来ない。 ん?

「団長、司祭様を呼んで来ます」

 グローが礼拝堂を抜けて奥の部屋へ走って行った。教会の入り口で待つ事数十分。教会には人気(ひとけ)が全くなかった。

「ねぇミロ? 教会ってこんなにも人気がないもの?」

「う~ん。平民の教会は初めてなので何とも… でも誰も居ないのはおかしいですね」

「そうよね~」

 奥の部屋からグローが戻って来た。

「団長、本当に誰もいないっす。おかしいです。食堂や厨房を確認したら料理を作った形跡がないっす」

「はぁ? ここって廃墟って訳じゃないでしょ? 私が第七に居た頃、半年ぐらい前だけど人が居たはずよ。どう言う事?」

「わかんねぇっす」

「ん? 団長、これを見て下さい」

 ミロが教会の玄関ドアの内側を指差した。うっすらだが血を拭き取った後のような、茶色い血飛沫の跡があった。

「血? う~ん。結構前かな? 茶色に変色してるし… グロー、一、二ヶ月前に苦情や問い合わせとかなかった?」

「ねぇっす。団を回すのに手一杯だったけど苦情とかの報告書だけは全部目を通してたんで… 教会で刺されたとか、騒動があったとかなかったっす」

 じゃぁこれは?

「了解。じゃぁ、他に変な所はないか各自でチェックしよう」

「団長? 今、離れるのは得策ではないですね~。このまま三人で周りましょうか?」

「ミロ、でも、誰も居ないし」

「ダメですよ。こんな時こそ団体行動をとらないと、ね?」

 まぁそうですね。ミロが言うんだし、ここは従っときますか。

「そう? じゃぁ、みんなで見て回ろう」

 三人で教会内を見て回る。それこそ、司祭様の部屋や併設されている孤児院とか、裏の庭や小屋の中まで。

 おかしい。どことなく生活感はあるのに人の気配が全くない。

「やっぱり変っす。昨日まで人が居た感じなのに…」

「そうですね。人だけ転移されたみたいですね」

「転移? 結構な人数じゃない? それなら魔法が使われたはず。近所で騒ぎがないのはおかしいわ。それにお祈りに来た信者さんは変に思わない?」

「変かもしれないけど、信者が入るのは礼拝堂だけだし、誰もいない時間もあるだろうから… でも変には感じているだろうね、言わないだけで。転移より現実的なのは連れ去られたとか? 夜中とかに」

 三人で考えてはみるが答えは出ない。

「ミロ、現状では答えは出ないわ。メモとって次の教会へ行くわよ」

「了解です」

 次の教会は平民街とスラムの境の小さな家だ。ここはシスター達と数人の孤児が暮らしている。

「こんにちは~」

「は~い」

 エプロン姿の女性が手を拭きながら出て来る。若いな。

「急にすみません。私は第二騎士団団長のラモンです。こちらは部下です」

「あら? 新しい団長様ですか。ケイン団長はお辞めになったのかしら?」

 ケイン団長って、前々団長じゃん。アホのトロイは団長交代の通達さえしてないのか。はぁ。

「ケイン団長は昇格されて別の団へ異動になりました。今日はご挨拶がてら来てみたんです。で、二、三質問があるんですが入っても?」

「えぇ、何もございませんが、どうぞ」

「恐れ入ります」

 小ぎれいにはしているが、そこらかしらが古臭くて隙間風が吹いてそうな室内だった。スラム街も近いのに、防犯が心配だな。

「どうぞ。こんなものしか…」

「お構いなく。私共は仕事で来ているので… 早速ですが、シスター。シスターでいいんですよね?」

 簡素なワンピースにエプロン姿の彼女は恐らく二十代。そばかすが印象的で笑顔がかわいい。

「いえ、私はシスターではございません。ここの出身で子供達の世話をしています。ソフィアです」

「ソフィアさん、シスターか司祭様は? 我々が把握している分では、ここは教会のはずですが?」

「その~… 年老いたシスターがいたのですが、三ヶ月前に病死してしまって。代わりに私が」

「後任は?」

「教会本部へ手紙を書いたのですが、新しいシスターがまだ派遣されていません… それより団長様、助けて下さい! もう蓄えもなくなってしまって… 騎士団からの支給品も四ヶ月前から来なくなって… その~」

 はぁ? 四ヶ月前。またあいつかよ。

「それは! 至急対応します。グロー、一走りして食堂から食料を持って来て」

「了解っす」

「ほぉ~、ありがとうございます! これで数日は… ありがとうございます!」

 ソフィアさんはその場にひざまずき女神様に感謝の礼を捧げている。

「では、私からいいですか? 東門前の教会とは最近連絡を取っていますか?」

「はい」

「それはいつ?」

「ちょうど一ヶ月前に。先程言ったように、支給が滞って食べ物がないので小さな子供を二人預けました」

「その時はどんな様子でしたか?」

「えぇ、あちらも大変でしょうがこことは規模が違うので、裏庭の野菜があるからいいよと快く迎えて下さって。野菜も頂いたり」

「詳細の日時は?」

「四月五日です」

 私はミロに目配せする。

「その日、司祭かシスターと話をしましたか? 誰かと揉めているとか…」

「ここの亡くなったシスターと交流のあるシスターと話をしました。でも、争ってるような話はありませんでしたよ。… あっ! その日は、新しく入ったシスターを紹介されて、そのシスターと話をしたんですが、『今度女神様についての集会があるから行かないか?』と誘われました! どうかしたんですか? 揉め事とか…」

「あぁ、大丈夫です。で?」

「この通り、私以外子供の世話をする者がいないので… それにお布施? 献金が少し必要だと言われて断りました」

「その新しいシスターは何処から来たのでしょう? 自己紹介はされましたか?」

「西の教会から派遣されたと。あとは、髪や手がキレイでした。お、お恥ずかしいのですが、その、とてもキレイで印象的だったもので… すみません」

「ふふふ、私も女性です。気持ちはわかりますよ。キレイな人は目を惹きますよね。そんな恥ずかしい事ではないですよ。そのシスターの名前を覚えていますか?」

「アデルさんです。緑がかった美しいブロンドでした」

 はい、怪しい人発見。

「アデルさんですか。わかりました、今度あちらへ行った時に挨拶します。キレイな人かぁ、楽しみです。今日はお時間頂いてありがとうございました」

「いえ。こんなボロ屋でお構いも出来ませんで」

「いえいえ。今後、騎士団からの支給が滞ったら、王城の第一騎士団長宛に手紙を書いて下さいね。それより、この度は申し訳ありませんでした。支給物資などの手配を早急にしますので、以降は安心して下さい」

「ありがとうございます! それなら預けた子供達を引き取れます! よかった~」

 やばいなぁ。今接触されると誰もいないことがバレちゃうな。

「その二人については私が伝言しますね。東門の教会に行く予定があるので… 少し待って下さいね」

「? はい… 団長様が言うのであれば、お願いします」

「では、また来ます」

「はい。ご苦労様です」

 帰ろうと席を立ったら、ちょうどグローが戻ってきた。食料を運ぶ手配をしたのでこの後荷車で来ると伝えていた。

「さぁ、ミロ、グロー。どうする? このまま西の教会へ行っちゃう?」

「う~ん」

「早速当たりを引きましたね~。さすが、運がいいですね団長は」

 運がいいってなんだよ。まぁ、運はいいと思うけど。

「ミロ、運も実力の内よ。一旦帰って、見回りの騎士達にも話を聞きましょうか」

「そうですね。それが賢明です」

「でもその前にスラムも行っとこう」

「うっす」

 私は、何だかんだと自然とミロに相談している。ドーンのような感じだな。グローもドーンみたいに前に出て物理的に守ってくれたりするし。ドーンの代わりじゃないけど、二人でちょうどいい感じだね。
 私は王都のタウンハウスで療養と言う名の暇を持て余している。人生初めてぐらいの長期休暇で、こんなにも自分に趣味がないのかと落胆をした。

「父上、本日は登城のご予定だとか? 本当にお仕事ではないんですよね?」

「あぁ、仕事じゃない。ハドラーとお茶をするんだ」

「ハドラー様とお茶? 想像がつきませんね。とにかく、今は休暇中なんです。仕事を振られそうになったらお断り下さいね」

「ははは。いくらなんでもハドラーもそれは無いだろう」

 若くして爵位を継いだ上の息子は、私と同じ騎士にならずに学校では経済学や農学など幅広い分野の勉強をしていた。恐らく、私が生涯騎士を引退しないと勘付いていたのだろう。私が当主にも関わらず領地を人任せにしているのが嫌だったのか、とにかく成人前に『私が領主になります』と言った時は大層驚いた。

「お前は、本当に… よくやってくれている」

「まだまだですよ。それより父上、今回の一件で分かったでしょう? 騎士はどうしても危険がついて回ります。これを機にそろそろ引退なされてはいかがです? 領地でゆっくりと。それこそ領兵達を鍛えて下さってもいいんです。うちは国境ですから、盗賊や闇商人など父上を飽きさせる事はないと思いますよ?」

「そうだな… 少し考えてみるよ」

「そうですか! いいお返事を待っています! 私は来月には領地へ帰りますので、ご一緒出来たらいいですね」

「来月はちょっと難しいんじゃないか? 早急すぎる。まぁ、私もそろそろ引退は考えていたんだ。少し待て」

「かしこまりました」

「では行ってくる」

 上の息子は上機嫌で私を王城へ送り出してくれた。



「おぉ、ドーン二十日ぶりか? ちょっと太ったか?」

 ハドラーは今日はプライベートなので、王城の応接室を用意してくれた。いつもの団長室ではない。

「私が太るはずがない。お前の目が悪くなったんだ。歳じゃないか? 引退したらどうだ」

「!!! 俺のよく知ってるドーンじゃないか… 本当に久しぶりだ」

 ん? 何を言っている?

「それよりお茶など… どうせ昼間だからお茶と言っただけだろう? お前の事だ、酒はあるのか?」

「お? 珍しいな」

「あぁ、昼間から酒も悪くない。と言うか、する事がなくて毎日死にそうだ。鍛錬してるだけなのも限界があるしな」

「お前さぁ、今回ぐらいはゆっくりしろよ。せっかくの休みだぜ?」

「もう休暇はいい。早急に復帰したい。あと、陛下にも話がある」

 ハドラーはいつもならここで『また引退したい病か?』と揶揄するのだが… どうしたんだ?

「陛下と話か… それもいいかもな。前回は(・・・)それで上手く行ったしな」

「は? 前回?」

「いや、何でもない。それより今日はもう一人呼んでいる。もうすぐ来るから優しくな」

「誰だか知らんが、この私が優しくする義理があるのか? せっかくの友との時間、無駄な出会いにならなければいいが?」

「おいおい、今からそんなキレんなって。勝手に人を増やしたのは謝る。しかしいずれ話をしなければならない相手だ」

 … あの娘か。

「いい。いい機会だ、お前も居る事だし」

「そ、そうだろ! 二人きりじゃ気まずいだろう?」

「… そうだな」

 沈黙の中、グラスの中のウイスキーをクルクルと氷にからませる。

 コンコンコン。

「失礼します」

「入ってくれ」

「ハドラー様。本日はお招き頂きありがとうございます」

 簡素な薄グリーンのワンピースの小柄な女性が入ってくる。やはりあの娘だ。

「そんなお淑やかにして、普通に女に見えるな。ははは、普段からオシャレをしてはどうだ?」

「はぁ? 開口一番がそれですか? ちょっと~ムカつくんですけど。自分が一番分かってますよ~だ」

「ははは。こっちに来い」

 例の娘はハドラーととても親しげだ。団長位で同じだとしてもここまで砕けた感じは珍しいな。ハドラーもそれを許しているとか。

「おい、ハドラー。私に改めて(・・・)紹介しろ」

 そんな二人のやり取りを見て私はなぜかカチンときていた。失った記憶の時間で知らないうちに親友のハドラーを取られたように思ったのか… 嫉妬? いやいや、ハドラーに? うっ、我ながら気持ち悪い。

「おぉ、じゃぁ改めて。こちらはラモン・バーン子爵令嬢だ。お前の記憶がない間、ずっとお前の上官だった女性だ。戦時の功績で第七騎士団団長に任命され、今は第三を経て第二騎士団団長だ」

 娘は小さくカーテシーをし自己紹介をした。

「ラモンです。ドーン様、以後よろしくお願いします」

「ドーンだ。よろしく」

 …

「す、座るか? ラモン、酒飲むか? お茶の方がいいか? このあと仕事はないだろう?」

「お構いなくって。酒って… 総団長はこのあと仕事じゃないんですか? いいんですか? スナッチさんに怒られますよ?」

「いいって。こんなの飲んだうちに入らないって、ははは」

「もう、ほどほどにして下さいね」

「あぁ、ドーンはお代わりいいか?」

「あぁ。それより、単刀直入に聞く。その為の席だろう?」

「えぇ」

 ラモン嬢は少し緊張しているのか、笑顔がスッと消えた。が、まっすぐ私を見てくる。

「私はラモン嬢の部下、副団長だったそうだが、どんな主従関係だったのだろうか? 自分でも想像がつかなくてな」

 ラモン嬢は顎に手を当てて、しばらく考えている。

「そうですねぇ、周りにどの様に見えていたかは分かりませんが、親友の様な良好な関係だったと思います。私は全幅の信頼を置いていました」

 親友? この娘と? ハドラーをチラッとみるがうんうんと頷いている。ウソを言ってる訳ではないのだな。

「失礼だが、おいくつになられる?」

「あっ… もうすぐ二〇歳です」

 二〇。私の半分以下。本当に? こんな小娘と? とりわけ突出するモノがある様には見えないが。記憶がない間の私はこの娘の何に惹かれたのか。

「そうか。ラモン嬢から見た私の印象はどうだった?」

 と、急にラモン嬢の手や首、顔など全身が赤くなった。

 ん?

「印象… いつもどこに行くのも一緒で、団での政策や対策などアドバイスや補助を良くしてもらいました。私が事務仕事が苦手なもんでして… ははは。でもドーンは、すみません。ドーン様は有能なので、スイスイとやって退けてとても尊敬できる方でしたよ。あと、ちょっと過保護でお茶が淹れるのが上手で、笑顔も、その~、す、素敵でした」

 はぁはぁと、赤い顔で言い切ったラモン嬢を、ハドラーがニヤニヤと見ている。

 と、言うか笑顔? 過保護? 私が先頭に立たずに娘の補助だと?

「それは本当に私か?」

 パタパタと顔を仰いでいるラモン嬢に代わりハドラーが答える。

「そうだ。私も近くで見てきた。正真正銘、お前だ。そしてお前はこのラモン嬢を上司としても友? としてもとても大切にしていたぞ。誰にも触らせない感じでいつも警戒していたし、真綿に包むかのような囲いっぷりだった」

 …

 私が? なぜだ? 訳がわからない。この娘にどんな魅力が…

「っ!」

 今聞いたラモン嬢と私を想像しようとしたら、こめかみに激痛が走った。頭がガンガンする。

「おい! どうした! あのパーティーの時の様だぞ! ラモン、医者だ! 医者を呼べ!」

「はっ!」

 私は慌てて二人を止める。

「大丈夫だ。あの痛みに似ているが… 今は治った」

「本当だな? 他は痛むか?」

「いや、大丈夫だ」

「は~良かったです。また何かあるんじゃないかと心配になりました」

 二人共心から心配してくれたのか、笑顔で微笑み合っている。私はそんな光景を見ていたらつい口が滑ってしまった。いつもならこんな不確かな事は相談しないのだが。

「さっきだが… ラモン嬢と私がどんな関係だったのか想像しようとしたら… その、こめかみに激痛が」

 ラモン嬢は目を大きく開けてびっくりした後、眉毛をハの字にして作り笑いをしながら言った。

「総団長。今の段階では私が居てはドーン様にご迷惑です。また痛みを伴ってはいけません。まだ療養期間中ですし… 今日はこれで、私は失礼します」

「そ、そうか? まぁ、またこうやって話をしよう。少しづつ思い出せるようになるかもしれない」

「いえ、無理に思い出そうとしてまた痛いんじゃぁ… 申し訳ないですし。しばらくはお大事になさって下さい」

「… ラモン。大丈夫か? 何かあれば第一に来いよ」

「ありがとうございます。では。ドーン様もお大事に」

「あぁ…」

 ラモン嬢は最後まで笑顔でいようとがんばっていた。気丈に、つたない笑顔で退室していった。

「ハドラー… ご令嬢であの表情… 面白いな」

「ぷはっ。何だその感想! でも記憶のない時のお前もラモンと初対面の時にそんな感じの事を言ってたよ」

「そうか… 顔に出やすいのは貴族としてはアレだが、ラモン嬢は雰囲気が違うのか… きちんと本心が顔に出ているからか、好印象ではあるな」

「ふ~ん。いいんじゃないか? 俺もラモンは好きだな」

 ズキっ。少しだけ痛みが走る。

「… そうか」