角砂糖。すごく甘くて小さいな幸せをくれる。でも、すぐに溶ける。
僕の幸せもそうだった。
僕の幸せはまるで角砂糖だ。
両親が死んだ。小学3年生の時だった。
二人が死んだのは、それこそ、角砂糖が溶けてなくなってしまいそうなほどに暑い日だった。
川に遊びに行った。生き物を探していたら、足場の悪いところで滑って、溺れた。
その日、最後に聞こえたのは、両親の叫ぶ声。最後に見えたのは両親が飛び込む瞬間。
次に目を覚ましたのは次の日の昼。
そこは、残酷に冷たい水中ではなく、
クーラーで涼しい、病院のベットの上だった。
起きて、親がいないことに気づいた僕は、
近くの看護師に聞いた。
「僕の親はどこですか?」
そう聞くと、
看護師は苦虫をを噛み潰したような顔をして
「昨日、亡くなりました。」
と、答えた。
僕は信じられず、
「嘘だ」
と言ってしまう。
でも、看護師は首も振らず、
ただ、俯いて立っている。
しばらくして、僕は医者に、とある、
部屋へと案内された。
そこには、顔に白い布をかけて、
仰向けに倒れている人、二人。
医者はもぬけの殻になった僕の心にしっかりと伝えるように、だけど、静かに、告げた。
「ご両親です。」
と。
「やっぱりそうだ。そうなんだ。」
そう思った瞬間、心のリミッターが外れた。
僕は走り出して二人のいる台へと挙を
振り上げ、台を殴る。
近くにいた、看護師と医者が止めにくるがそれ以外何もせず止まっている僕を見て、戻る。
僕は泣きながらその場に崩れて落ちた。
その一日はまた、
角砂糖が溶けそうなほどに暑い日だった。
僕はそこから、身寄りの無い子供が集まる、
孤児院で暮らした。
というか、暮らしをさせられた。
親戚には誰にも引き取って貰えず、
祖父母も亡くなっている。
だから、孤児院に入れさせられた。
機児院にいた、六年間は長いようで短く、
気づけば孤児院を出て、
高校に通いながら一人暮らしをしていた。
そして、親が死んだ八年後のこの日。
僕は包丁を持っていた。
元々、僕は高校2年の親の命日になったら、
命を断つと決めていた。
理由は、
親が付き合ったのが高校2年生だったからだ。
でも、ほんとはそんな理由は建前で、
死ぬことや両親から
逃げていたのかもしれない。
いや、今更、そんなことどうでもいい。
ただ、一思いに喉に鋭い刃物を刺すだけだ。
そう思い、首筋に包丁の刃を当てる。
少し、力を入れた。
何かが滴り、首筋を通った。
きっと、
生きようと活動を続ける僕の血液だろう。
この体には申し訳ないが、死んでもらう。ごめんなさい。
そう思い、包丁に力を入れようとした瞬間。
包丁が思うように動かない。
幾ら、力を入れようと動かない。
そして、包丁を持つ僕の冷たい手に
じわじわと温もりが触れてきた。
すると、僕の鉛筆とノートが勝手に動いた。
そして、僕の前にある、机で動きが止まった。
ノートが開かれる。鉛筆が動いた。
そして、鉛筆が動き、ノートに何か書いた。
そこを見ると、「やめて」と一言書かれた。
ほぼ同時に、ノートの上にどこからか
雫が落ち、シミができた。
雫がたくさん落ちて、
雫の分だけノートにシミができる。
そして、鉛筆がまた、動く。今度は
「死なないで」と書かれていた。
「止めるな!父さんと母さんに
会いに行くんだ!」
混乱したままの頭の中。死ぬことを否定されたことへの苛つきをぶつける。
すると、字体の全く違う字で、
「自分で自分を殺して、
俺たちに会いにくるな。
俺たちの分まで生きて欲しいんだ。」
僕のことを何も知らない癖に
愚痴愚痴と言ってくる。
そのことに腹が立って
「僕の決断を邪魔すんな!!誰だ!」
と、声を荒げる。鉛筆が動く、
「あなたが今、一番会いたい人よ。」
ノートにはそう書かれていた。
信じられなかった。
「は..?ふざけんのも大概にしろよ!!
僕の親を侮厚するな!」
そんな、嘆きを遮るように鉛筆が動いて、
音を立てる。
「俺たちだって会いたいんだ!」
たった、それだけだった。
それだけの一言だったはずなのに、
父さんの声が聞こえた気がした。
父さんだと、心が勝手に認識して、
頬をつたった、それはノートにポタポタと
音を立てて落ちる。
呆然としている、僕に話しかけるように、
父さんが書く。
「俺たちは、お前の人生を最初から最後まで聞かせて欲しいんだ。何時間でも何度でもな。」
すると、母さんの字体で。
「だから、その日までに私たちに話すことを
一分一秒でも多く、増やして欲しいの。
だから、お願い。生きて。」
「それに...」
そう、母さんが書き始めると、
近くにあるもう一本の鉛筆が動いた。
「「それに、何より春樹を愛しているから。
生きて。」」
字体の全く違う字が一語一句違わずに並ぶ。
ノートに落ちるそれがボタボタと音を立てる。
遂に抑えきれなくなるほど、
心からも目からも溢れ、抑えようとする。
今まで、強く握っていた包丁が床に落ちる。
「ご...めん...!何にもわかってなくって...!ごめん...!」
泣いていて、出にくい声を絞り出す。
頭に僅かな温もりと重みを感じる。
「よかった。春樹を止められて。」
「じゃあな」
声が出なくて必死に首を大きく振る。
段々と、頭に感じる温もりが冷めていく。
鉛筆の落ちる音で、前を向く。
僕の人生に今から、向き合っていこう。
そう思ったから。
放置していた机の上のコーヒーの中では角砂糖が溶けていた。