話は終わったとばかりにミトラ神が、シャーリーのお父さんを持ち上げていた手をパッと離した。
 いきなり落とされて、シャーリーのお父さんが尻餅を付く。

 本来なら尻餅をつくなんて失態はしないんだろうけど、目の前に神様がいるともなると、さすがの歴戦の冒険者であっても、尻餅をつくほど驚いてしまったのに違いない。

「さて、これで問題はなくなったであろう? 話を続けるがよい、愛しき我が子らよ」
 ミトラ神から話を振られた俺は、

「えー、という訳なんです。これで全てのクエストは完了ということで、よろしいですよね?」

 シャーリーのお父さんに手を貸して引っ張り上げながら、念押しするように問いかけた。

「うむ、認めよう。こうしてミトラ神が直々に顕現なされたのだから、もはやそれ以外の選択肢はあるまいて」
 シャーリーのお父さんが、今度はとても素直に頷いた。

「ではシャーリーのお見合いも、なかったことにしてもらえますよね?」

「それも致し方なかろう。先方にはすぐに断りの連絡を入れておく。残念ではあるが、ワシは約束は守る人間だ」

「だってさ、シャーリー」
「やった!」

 シャーリーが俺に飛び付くように抱きついてくる。
 しかも頬をすりすりとしてくる。

「お、おいシャーリー、お父さんが見てる前だぞ」
 俺は小声で指摘した。

 ただでさえ俺は、シャーリーのお父さんに蛇蝎(だかつ)のごとく嫌われているのだ。
 そんな俺に最愛の娘が抱き着いて頬をすりすりしているとか、シャーリーのお父さんがブチ切れるのは火を見るよりも明らかだ。

 怒り狂った史上最高パワーを持つらしいパワーファイターに、殴り殺されるのだけは勘弁して欲しい。

「そう? もう大丈夫そうよ? ね、お父さん」
 俺が恐るおそる視線を向けると、

「仲がいいようでなによりだ」
 シャーリーのお父さんはニコニコと笑みを浮かべながら、温かい視線で俺たちを見守っていた。 

 なんかシャーリーのお父さん、()き物が取れたのか、別人かよってくらいに、すごく物分かりが良くなってるんですが。
 娘の幸せを見守る、子煩悩なお父さんの顔になっちゃってるんですが。

「それで、いつまでくっついているんだよ?」
 お父さんの方はとりあえず大丈夫そうということで、俺は改めてシャーリーに尋ねた。

「苦労の末のハッピーエンドなんだから、少しくらい長くたっていいじゃない」

 シャーリーはそう言うと俺を離そうとしてくれない。
 どころかよりいっそう、強く抱き着いてくる。

「まぁ、それはあるよな。ここまで頑張ったよな、俺たち」

「傭兵王グレタに、精霊の泉。そして極めつけが冒険の神ミトラ。思い起こせば、かなり大変なクエストの連続でしたもんね」

 俺の言葉にアイセルもうんうんと頷く。
 だけどその視線は少し羨ましそうにシャーリーを見つめていた。

 シャーリーだけという不公平は良くないよな。
 あとでアイセルもギュッとしてあげようかな、などとちょっと思った俺だった。

 しばらく抱き着かれていると、シャーリーも満足したのか、俺を抱きしめるのを止めて離れていった。
 なんだかんだで分別はある、大人の女性のシャーリーである。

「さてと。これで話は終わったな――って、そういやミトラ神がまだいるみたいだけど。ええっと、ミトラ神はいつまでいるんだ? 一応、話は終わったんだけど」

 いつまで経っても神剣『リヴァイアス』の中に戻る素振りすら見せないミトラ神に、俺はおずおずと問いかけた。
 すると奇妙な答えが返って来た。

「ありじゃな」
「ええと、なにが『あり』なんだ?」

「決めた。我は汝らとともに冒険することにする」
 ミトラ神が突然そんなことを言い出した。