「くっ、無礼者めが! さっさとその手を離さんか!」

 のど元を掴まれて持ち上げられたシャーリーのお父さんが、抗議の声を上げる。

「なに、我の力を見せてやろうと思うてな。ほれ、お主の自慢のパワーで我の手を振りほどいて、そこから逃げ出してみよ。できるものならばな?」

「きさまぁ……! 下手に出ていれば、あまりこのワシを舐めるなよ! スキル『絶・体力強化』!」

 スキルの発動とともに、シャーリーのお父さんの筋肉がムキムキに膨れ上がった!
 さらに上半身の衣服が、膨れ上がった筋肉で引き延ばされてビリビリと破れ飛んでいく!

「わわっ、急になに!?」
 驚きの声を上げたサクラに、

「スキル『絶・体力強化』はパワーファイターしか使えない、己の筋力を著しく増大させるレアスキルよ。そのパワーは、バーサーカーのフルパワーに匹敵するとも言われているわ」

 シャーリーが丁寧な解説をしてあげる。

「むむっ! 私のほうが強いもん! バーサーカーのほうが強いもん!」
「ふふっ、そうね。現役バリバリのサクラの方がきっと強いわね」
「当然だし!」

 などと2人が微笑ましいやり取りをしている間にも、シャーリーのお父さんのムキムキの両手がミトラの細い腕を掴み、首元から外そうと試みる。

 が、しかし。

「どうした?」
「ぬぐぐぐぐ……!!!!」

「ほれ、自慢のパワーで早く振りほどいてみよ?」
「くっ! この! 調子に乗りおって……! こんのぉ……!!」

 何をどうやっても、首を掴むミトラの手は離れはしなかった。

 額に怒りの青筋を浮き立てながら、シャーリーのお父さんは、のどを掴むミトラ神の手を振りほどこうとする。
 なりふり構わず、ミトラ神の顔に足裏を当てて踏ん張ったりもしている。

 しかし何をされてもミトラ神はまったく微動だにせず、平然な顔をしたままでシャーリーのお父さんを持ち上げ続けていた。

 ほっそりとした女性が、スキルも何も使わずに、筋肉ムキムキのおっさんの巨体を軽々と持ち上げる姿は――それが神という超越存在だからと分かっていても――なんとも奇妙な光景に見えてしまう。

「やれやれ、威勢がいいのは口だけかのぅ?」
「くふっ、ぐぅっ! 馬鹿な!? パワーファイターのワシの怪力が、全く通用しないだと!? なぜだ!?」

「なぜ? それは汝らのその力が、元々は神たる我が力の一部を分け与えたものであるからだ」
「……!」

「子が親に勝てぬは道理であろう。そしてそれは同時に、我が神であることの証左でもある」

「いやあの、さも当然のことのように自信満々に言っているけど、たかがパワー負けしただけじゃ、さすがに神様だとは信じてもらえないと思うんだが……」

 そんな簡単に信じてくれたら、説得するのも苦労しないよ――

「まさか、本当に冒険の神ミトラだというのか?」

「…………は?」

「くっ、にわかには信じられん――が、しかし。ことパワーに関してはギルド史上最強と言われたパワーファイターのワシの怪力ですら、びくともしない以上、もはや信じるしかあるまい……!」

「うむ、理解できたようで何よりじゃ」

「それで信じちゃうのかよ!? 俺があれだけ詳細な報告書を作っても信じてくれなかったくせに! 俺は今、猛烈な理不尽を感じているぞ!!」

 パワーで負けたから信じるしかない……あまりに酷すぎる脳筋理論だった。
 酷すぎて、思わず全力でツッコんでしまったぞ。

「この攻防には、パワーファイターにだけしか分からない特別な何かが、もしかしたらあるのかもしれませんね……」
 アイセルが妙にしんみりとした口調でつぶやく。

「あはは、馬鹿がいるし!」
「サクラ、事実でもそこは黙って心に秘めておこうな。ホントにお前は思ったことを何でも口に出すんだから」
「だってマジあり得ないっしょ。ウケる!」

「おい! 聞こえているぞケースケ=ホンダム! なにがウケるだ、後で覚えておけ!」
「いえあの、俺はむしろ注意した方なんですが」

 なんだかまた、無駄にシャーリーのお父さんに恨まれてしまったぞ……。

 だがまぁこれで一応。
 ミトラ神が実在したことは、信じてもらうことができそうだ。