俺は後悔することがないように、もう一度しっかりと自分の心に問いかけて本心と向き合ってから、言った。

「俺は――ジョブチェンジはしない」

「え――?」
 俺の答えを聞いた途端に、アイセルが呆気(あっけ)にとられたような声を上げた。

「えー、なんでよ? 意味わかんないし。どう考えたってジョブチェンジした方がお得じゃん。ケイスケっていろんなことを知ってて頭いいと思ってたけど、実は一周回ってバカだったの?」

 サクラもストレートに、俺を馬鹿だと(ののし)ってくる。
 シャーリーは黙ってこそいたけれど、なにか言いたそうな様子だったので、口に出さないだけで考えていることは2人と同じだったんだろう。

 だから俺はみんなに――アイセル、サクラ、シャーリーに、パーティ『アルケイン』で共に冒険をする大切な仲間たちに、俺の考えを余すことなく語った。

「アイセルの気持ちはすごく嬉しい。俺が不遇職のバッファーなことをずっと気にかけてくれていたんだなって知って、本当に嬉しかった」

「だったら――」
「だからこそさ」
「え?」

「だからこそ、俺はジョブチェンジをしようとは思わないんだ」

「だからそれが意味わかんないって言ってじゃん! バッファーなんて最不遇職より、もっといい職業になった方がいいに決まってんでしょ? 悩む必要も、断る理由もないじゃん!」

 サクラがまくしたてるようにガーッ!と言ってくる。
 アイセルと話してる最中だってのに割り込んできやがって。
 まったくこいつは。

「サクラの言うことはイチイチもっともだな」
「当然だし」
 ドヤ顔で胸を張るサクラに俺は軽く苦笑いを返すと、主にアイセルに語り掛けるように話を続けていく。

「だけど考えてもみろよ? 俺がバッファーだったからこそ、アイセルと知り合えて、こうしてパーティ『アルケイン』を組むことができたんだぞ?」

「あ――」

「もし俺がバッファーじゃなかったら、勇者パーティを追放されることもなかっただろう。当然、アイセルとの出会いもなかっただろうし、その後のパーティ『アルケイン』も存在しなかったはずだ」

 俺は今となっては懐かしい「始まりの日」を思い出す。

『あの! ケースケ=ホンダム様ですよね、勇者パーティの!』
 あの日、金に困ってやむにやまれずヒキコモリを止め、宿の外に出た俺に、クエスト補助でパーティの荷物持ちをして日銭を稼いでいたアイセルが偶然、声をかけてきたのだ。

 最初は本当にただの偶然だった。
 俺が数年ぶりに外に出たタイミングで声をかけてきたアイセルを、なにか裏があるんじゃないかと疑ったりもした。

 もちろん疑いはすぐに晴れて、アイセルの素直な性格と将来性を見抜いた俺は、生活費を稼いでもらうためにパーティを組み、その代わりに勇者パーティで培った冒険の技術を教えた。

 ただ、それはある程度までアイセルが育って、並行して俺も金が溜まるまでの契約で、そこで終了する関係のはずだった。

 だけどアイセルは俺にとても懐いてくれて、俺は俺でアイセルと冒険をするうちに長らく忘れていた冒険の楽しさを思い出していったのだ。

 そしてそれらは全て、俺が不遇職のバッファーだったからこそ起こった出来事だったんだ。