「エンジェルは――冒険の神ミトラなのね?」
「さすがシャーリー、正解だ」

 冒険者の様々な職業やスキルは、冒険の神ミトラがもつ強大な神の力を人が扱えるように細分化・弱体化したものだと言われている。

 レベルが上がるたびに少しずつスキルが使えるようになるのも、強大な神の力を人間という小さな器では一気には受け入れられないから、少しずつ使えるようにするためだというのが通説だ。

 後世の人間が後付けで考えた根拠のない言い伝えだとばかり思っていたけど、どうやら本当だったみたいだな。

「まさか本物の神様と相対することになるなんてね」
「まだ信じられないか?」

「ううん、むしろ現状にすごく納得できた気がするわ。そりゃあアタシたちのスキルを簡単に使えるのは当然よね。だって元々、エンジェル自身の力なんだから」

「ああ。エンジェル――冒険の神ミトラは俺たちの真似をしてるんじゃなくて、元からあった能力を、なぜか俺たちに合わせて制限して戦っている、ってことで間違いないと思う」

「だとすると、下手したらこの神殿遺跡に入った段階で、もう既にアタシたちの職業やスキルはスキャンされちゃっていたんでしょうね」

「シャーリーは魔法を一度も使っていないのに魔法防御壁が作られていて、戦闘開始前に1度だけしか使っていない俺のバフスキルまで使用されたんだから、その可能性は高いだろうな」

 俺たちはこの神殿移籍に足を踏み入れた最初の時点で、冒険の神ミトラの手の平の上にいたってわけだ。

「そういうことならこの古代神殿遺跡はおそらく本尊ね。冒険の神ミトラの本体が祭られているんだもの。古代神性文字に似た、だけど見たことのない神話級に古い文字が使われていたのにも納得がいくわ」

「神様がまだこの世界に大きな影響力を行使できた時代。神話時代の神殿遺跡ってことだもんな。そりゃ古代神性文字よりもさらに古い文字なわけだ」

「文字通り神話級の発見ね」
 シャーリーが大仰に肩をすくめた。

「でもエンジェル=冒険の神ミトラとわかっただけで、何もかもが色々と繋がってくるよなぁ。正直言って、まさか神様を目にする日が来るとは思わなかったけど」

 俺の声も、自分でもわかるくらいに震えている。

「アタシもよ。まさか神様と遭遇するなんてね」
「今までに色んな古い冒険譚にも目を通してきたけど、さすがに神様と戦った記録は見たことがないからな」

 だって神様だぞ?
 普通、会えないだろ。

「それにしても神様と戦えだなんて、まったくお父さんってばなんてクエストを用意してくれたのかしら。いくらケースケのことが気に入らないからって、物には限度ってもんがあるでしょ」

「後でシャーリーから文句を言っといてくれよな?」
「もちろんよ。厳しくとっちめてあげないと気が済まないわ」

 シャーリーがグッと握った拳をブン!と振り下ろしてみせた。
 なんども言うが、戦闘能力が皆無の俺と違ってシャーリーは肉弾戦でもかなり強いのだ。

「ま、そのためにも冒険の神ミトラを倒すか、ここから逃げるかしないとな。魔法の防御障壁がこの神殿の入り口や表面全部を覆っているから、逃げるのは無理そうだけど」

 俺は言いながら、懸命に冒険の神ミトラと戦っているアイセルに視線を向けた。
 俺たちが正体を見破っていた間も、アイセルはずっと冒険の神ミトラと熾烈な戦いを続けていた。

「全力集中!」

 アイセルの身体から猛烈なオーラが立ち昇った。

「剣気解放――! 『《紫電一閃(しでんいっせん)》』――!」

 気合一閃!
 息つく暇もない激しい打ち合いの中、一瞬の隙を突いたアイセルの必殺の一撃が打ち放たれる――!

 だがしかし!

 ギィィッンッ!!

 鈍い音とともに『《紫電一閃(しでんいっせん)》』が弾き返される。
 その衝撃でアイセルの小さな体が天井近くまで跳ね上げられた。

「くっ、そんな! まさか『《紫電一閃(しでんいっせん)》』までコピーされるなんて――!」

 冒険の神ミトラは、同じく『《紫電一閃(しでんいっせん)》』を放つことでアイセルの攻撃を完全相殺してみせたのだ。

 でも今ならそれも当然と分かる。
 アイセルの全ての技を、冒険の神ミトラは最初から使うことができるのだから。

 それでもアイセルは空中でくるりと1回転して体勢を立て直すと、華麗に着地する。

「でも絶対に諦めません!」
 そして内心の動揺をしっかりとコントロールしながら、再び激しく打ち合い始めた。