『ちなみにこの『精霊結晶』には、一瞬で身体を綺麗にする浄化の精霊術バブ=エモリカが籠められているの。さっぱりするからお風呂に入った気分になれるわよん』

「そりゃまた地味に便利だな。野宿することも多い冒険者にとっては、めちゃくちゃありがたい効果だよ」

『でしょでしょ? 旅先でパッとお風呂に入ったのと同じ効果が得られるから、女の子ばっかりパーティに入れてるハーレムキングはきっと重宝するはずだって、ウンディーネが嬉しそうに言ってたわよ』

「俺に対するその辺りの認識については大きすぎる誤解があって、色々と改めさせたいところなんだけど。今回ばかりはありがたすぎる贈り物をしてもらったんで、とりあえずスルーするな。ドリアード、俺がめちゃくちゃ喜んでいたってウンディーネに伝えてもらえるかな?」

『りょーかい!』

「ああそうだ、ちなみにこれってだいたい何回くらい使えるんだ? 中の精霊力が尽きたらただの綺麗なだけの宝石になっちゃうんだよな?」

『うーん、精霊術バブ=エモリカ自体は大した術じゃないから、そうね……だいたい200万回くらいは使えるんじゃない? 知らないけど』

「最後の一言になんとも不安を感じるんだが」

『だって私じゃなくてウンディーネがやったことだもん。でも精霊力の籠められ具合から、多分当たらずとも遠からずだと思うよ?』

「なるほど、そういう意味な」

『まぁ使い終わったら『精霊の泉』まで持ってきてくれれば、またウンディーネが精霊力を込めてくれると思うわよ。あいつってばかまってちゃんで面倒くさい性格なんだけど、ああ見えて結構義理堅い精霊だから』

「気持ちはありがたいけど、200万回ってことは、1日10回使ったとしても20万日使えるから、1年365日で割ったら……だいたい550年くらいだろ? 実質無制限みたいなもんだよ」

『人間基準で言えばそうなるかもね』

「なんで200万回を使いきることはさすがにないかな。比較的長命のハーフエルフのアイセルでも、さすがに550年は生きられないだろうし」

 完全に精霊基準で話してくるドリアードに、俺は思わず苦笑する。

『人間の一生は短くて大変よね。精霊なら最低1000年は生きないと話にならないのに』

「改めて聞くと、本当に壮大なスケールの存在だよな、精霊って」

 当たり前のように数千年の長きを生きる精霊と、どれだけ生きても100年が限界の人間やエルフ。
 物事を測る物差しが、あまりに違いすぎる。

『じゃあそういうことで、『精霊結晶』を確かに渡したからね! これでパーティの女の子たちと上手く仲直りするんだよー』

「だから俺は別に何もやらかしてないっての」

『じゃーねー』

 ドリアードは俺の返事を完全にスルーすると、空気に溶けるように姿を薄くして、そのまま消えてしまった。

 エネルギーの密度を下げることで壁を抜けて帰っていったんだろう。

「便利な術だけど、こんな簡単に使えたらプライバシーも何もあったもんじゃないな」

 エネルギー体とはいえ、精霊も自我を持った存在だ。
 精霊世界にはプライバシーの侵害とかはないんだろうか?

 また会う機会があったら後学のために聞いてみよう。

 そんな取り留めもないことを考えながら、静かになった部屋の中で俺は手の中にある『精霊水晶』を見つめる。

 キラキラと薄青に光輝くその姿はこれぞ秘宝と呼ぶにふさわしく、思わず引き込まれてしまって時間を忘れそうになるほどだった。

「でもいつまでも見てても仕方ないよな。せっかくもらったんだからこれも忘れずに持って行くとして。さっさと最終チェックを終わらせて、明日に備えて早く寝よう」

 美しく輝く『精霊結晶』を柔らかい布にくるんで小箱に入れると、俺は荷物の最終チェックを再開したのだった。