「はい、絵を見てみたいなって。あの、どうしたんですかケースケ様?」

「絵……絵か……絵な……絵だ!」

「はぁ……えっと?」

 『絵』という言葉を聞いて、俺の中に小さな違和感が生まれ落ちていた。
 理由は分からないんだけど、何かが俺の頭の片隅でほんのわずかに引っかかったのだ。

 俺は本に載っていた傭兵王グレタの絵を思い出してみる。
 でも何が気にかかっているかまでは、思い至ることはできなかった。

 なんだ?
 俺はいったい何が気になっているんだ?

「本によって傭兵王グレタの身に着けている服や鎧は違ってた。当然だ。戦場では無骨な鎧を装備するし、プライベートでは動きやすい質素な服を着るし、王になってからは王冠をかぶって綺麗に着飾るものだ。そこには何の問題もない」

 俺は違和感の種を探り当てるべく、頭の中に思いついた事を片っ端から列挙していきながら、ぶつぶつと自問自答を始める。

「ですねぇ」

 そこにアイセルが、俺の思考を邪魔しないように――いやむしろ俺の思考を助けるように、タイミングよく相づちを入れてくる。

 これは地味にありがたいな。
 思考がうまい具合に整理される感じがする。

「一次資料と二次資料を分けて考える必要もあるか。後世のいわゆる二次資料は話を膨らませるための創作が入ることも多いもんな。だから絵についても、二次資料はあまり信用はできないかも」

「かもですねぇ」

「仲間との絆。これが遺言であり今回のキーワードだ。傭兵王グレタは、死後に仲間と同じところに埋めて欲しいと言い残すほど、最初から最後までずっと変わらない仲間思いの王さまだった」

 そんな感じで、俺はここまで知り得た傭兵王グレタにまつわる出来事をあれこれ構わず、それこそ思い付いた順に片っ端からあげていき、

「偉くなっても変わらない仲間とのつながり、素敵ですよねぇ」

 そこにアイセルが絶妙に合いの手を入れていく。

 俺はあれこれと言葉にしていきながら、同時にいくつかの資料をペラペラとめくっては、傭兵王グレタの絵を見て違和感の正体を探しにいった


 俺はいったい何が気になったんだ?
 なにが引っ掛かっているんだ?

 でも届きそうで、届かない。
 俺は違和感の正体になかなかたどり着けないでいた。

「なんだか間違い探しの遊びをしてるみたいですね」

 そんな風に絵を見てぶつぶつ呟く俺を評して、アイセルが小さく笑いながら言ってくる。

「ははっ、確かにな。こうやって2つの絵を見比べてると、子供の頃に戻ったみたいだ――ん? 間違い探しだって?」

「はい? えっと、どうしたんですか?」

「そうか――間違い探しだよ」

「ええっと?」

「いや間違い探しじゃない――間違いじゃない探しだ!」

 その言葉を発した瞬間、俺の頭の中に「とあるアイテム」が浮かび上がっていた。

「間違いじゃない探しですか?」

 よく分からないといった感じで小首を傾げるアイセルに、

「アイセル、傭兵王グレタの絵をよーく見比べてみてくれ。何か気付くことはないか?」

 俺はそう言うと、傭兵王グレタの挿絵が載っている本や資料を次々に開いては、机の上に並べていく。

 まだ傭兵王グレタがどこにでもいる一介の傭兵だった頃の絵。
 大きな戦で獅子奮迅の大活躍をして、一躍名をあげた時の絵。

 一番古株の仲間でグレタの半身とも言える盟友を失い、天を仰いで子供のように号泣する絵。

 そしてついには自分たちの国を作り、初代の王になった時の絵。
 生き残った仲間が天寿を迎えて1人、また1人と減っていくのを悲しむ晩年の絵。

 様々な年代の傭兵王グレタの絵を、俺はアイセルに並べて見せた。

「ええっとどれどれ……ええっと、ええと……」

「ヒントは左手」

「左手ですか? 左手、左手、ひだり……あっ!? 腕輪です! ケースケ様、どの絵でも必ず左手に同じ腕輪をしています!」

 アイセルがグレタの左手に付けられた腕輪を指差しながら、興奮を隠し切れずに俺を見た。