翌日の朝。昨夜の木村(きむら)さんとの話し合いで『落ち込むから卒業した』と宣言した亮が、珍しくポリポリと頭を掻きながら唸り声を上げ続けていた。事前にその内容を知っていた木村(きむら)さんが彼の様子を微笑ましく眺めるだけで、一切手出しをしなかった。

 そこで、妹に相談するべきだと思いついた彼は、トークアプリで『相談したいことがあるから、暇な時に電話してください』と送信。
 それから昼食の時、スマホが鳴り出して彼が電話を受けて、相談内容を話すことになった。ただし、贈りたい相手を伏せたままで。
 一通り聞き終えた梨衣(りえ)が『ふーん』と言った。

『まさか、あの兄さんが誰かと喧嘩する日が来るとはね……』

「いやぁ~ん、こう見えて私、実は一般人なんデスヨ、妹よ」

『その“一般”の枠に、兄さんが当てはまらないと思いますけど?』

「あはは、ごもっとも」

『の割には、随分と元気そうですね』

「はい、とある白衣の天使(ホワイト・エンジェル)に励まされましたので」

『それはよかった。兄さんのことだから、てっきりその看護師さんに迷惑を掛けてたと思いましたよ』

 「そりゃあ迷惑を掛けまくりましたよ。それもたっぷりと!」なんて言葉は後々地獄を招かねないから、たとえ口元が裂けても割らないぞ、と亮は内心で誓った。

『まあ、肝心の物については相手の好みに寄りますから、そこは兄さんに考えてもらうことにして……。もし相手が年頃の女の子なら、やはりサプライズが無難なんじゃないかな』

 二人の女性、しかも年の離れた異性に聞いても同じ答えに辿り着くということは、彼の中ではサプライズはほぼ決定事項となった。
 最後に亮は礼を言い、電話を終わろうとしたその時、スマホの向こうで『あ』という声がした。

『まさか兄さん、喧嘩した相手はあの時のお姉さ――コホン、お嬢様なんてことはありませんよね?』

「あ、あー。もしもし~? あれ~、急に電波が悪くなったなぁ~」

『ちょっと、本当にお姉様としたの?! お姉様に何かあったらタダじゃおか――』

 亮は梨衣(りえ)が怒っている途中で電話を切り、そこ声が途切れた。一難から逃れたことにひとまず安心して、早速サプライズの案を考えることにした。
 そこで彼は昔見たある動画を思い出した。
 凄腕のマジシャンが脱出マジックを披露し、観客がそれを「奇跡」だと褒め称えるといった内容なもの。

「奇跡……奇跡か……」

 自分の状況をもう一度思い出させるように、一度俯瞰的な視点から考えることにした。彼は額の皺を深め、目を瞑って考えていたが、突然「ほう」と共にポンと手を打った。

「行ける!」
 
 彼が思い付いた策は以下の通り。
 車椅子が必須な彼はある日、突然姫の前で「じゃじゃーん!」と立てるようになって驚かせる→姫が「すごい!」と大喜び!

 勝ち誇った顔と共に、彼は自分に一つ制限をかけることを決めた。成功するまで絶対に彼女と会わない、と心に誓ったのだ。