「ここでちょっと頭を冷やしなさい」
木村さんに病室まで強制的に連れ戻され、ベッドに放り込まれた亮は叱声に刃向かうように彼女を睨みつけた。
「頭を冷やすも何もないだろ。仕方のない死なんてありゃあしないのに……。クソっ、何が『仕方がない』だ」
「もう、これ以上姫さんを責めるのを止めなさいって」
「じゃあ、綾乃さんもみおが死んだのは仕方がないとでも思ったか?! 看護師なのに一人の命をなんだと思って――」
「アタシだって悔しいよッ!」
これまでの木村さんの態度からは想像もつかないほどの大声に、酷くビックリする亮。彼女の目尻に滲み出ている涙が、自分は言ってはならないことを言ってはいけない相手に言ってしまったことに気付かせた。
けれど、彼が後悔しようにももう手遅れだった。
「そりゃあ近しい人を亡くされたら、悲しいよ。看護師のくせに涙だって流しますよ。でもね、だからと言って、周りの人に八つ当たりしてもいいなんていいはずがないでしょ!」
一喝して部屋を飛び出していった木村さんの背を見送りさえもせず。かと言って、正論すぎて返す言葉もあるはずがなく。
最終的に亮は白いシーツに向かって「クソッ」と吐き捨てただけであった。
長い長い沈黙の帳が降りた。それは亮の病室であることを考慮すれば、非常に稀な出来事である。
木村さんが彼の病室から飛び出して以来、一度たりとも物音が聞こえなかった。普段耳を塞いで部屋の前を通るスタッフや患者たちですら、不思議がっている。
彼に一体何があったのだ、と秘密裏に心配する人々が増える一方。
ようやく沈黙を打破できそうな人の登場により、彼らはホッとなって心中で応援を送った。
ハイヒールのカツカツ音を鳴らしながらドアの前で立ち止まる女性が一人。コンコン、とドアを叩いても返事がなく、仕方なく開けた。
「ここにいましたか下郎。さあ、今すぐお嬢様のところに行きますよ。無論、謝罪をしに、ではございますが」
亮の顔を見るや、開口一番でそう言った雅代はベッドの傍らまで接近。
彼女と目を合わせることもなく、ただ不貞腐れたように「ごめん、雅代さん。今はその気分では」とだけを言い、そっぽを向いた。
しかし、そんな彼の拒否を無視するように、また一歩踏み込んでくる。
「謝るのにどうして気分が必要なのでございましょう。今日中に謝らないと後々色々とこじれますよ」
雅代が優しく諭しても、だんまりを決め込む亮。
別に彼は姫と仲直りしたくないわけではない。ただ、もし彼が行ったら姫のあの言葉を認めることになるのではないか。そう思っただけだ。
「最後の瞬間までずっとお嬢様の傍にいると申したのは下郎ではございませんか。あの時の言葉を果たさないつもりですか」
「……今はそっとしておいてください」
短い沈黙が二人の間に落ちた。
「下郎がこんな意気地なしな男だとは思っていませんでした」
失望したと言わんばかりの捨て台詞に亮は俯くままキッと睨み、シーツに皺ができてしまうほど、強く拳を握りしめた。
そして、彼女の退室により、より多くの人をソワソワさせるだけであった。
木村さんに病室まで強制的に連れ戻され、ベッドに放り込まれた亮は叱声に刃向かうように彼女を睨みつけた。
「頭を冷やすも何もないだろ。仕方のない死なんてありゃあしないのに……。クソっ、何が『仕方がない』だ」
「もう、これ以上姫さんを責めるのを止めなさいって」
「じゃあ、綾乃さんもみおが死んだのは仕方がないとでも思ったか?! 看護師なのに一人の命をなんだと思って――」
「アタシだって悔しいよッ!」
これまでの木村さんの態度からは想像もつかないほどの大声に、酷くビックリする亮。彼女の目尻に滲み出ている涙が、自分は言ってはならないことを言ってはいけない相手に言ってしまったことに気付かせた。
けれど、彼が後悔しようにももう手遅れだった。
「そりゃあ近しい人を亡くされたら、悲しいよ。看護師のくせに涙だって流しますよ。でもね、だからと言って、周りの人に八つ当たりしてもいいなんていいはずがないでしょ!」
一喝して部屋を飛び出していった木村さんの背を見送りさえもせず。かと言って、正論すぎて返す言葉もあるはずがなく。
最終的に亮は白いシーツに向かって「クソッ」と吐き捨てただけであった。
長い長い沈黙の帳が降りた。それは亮の病室であることを考慮すれば、非常に稀な出来事である。
木村さんが彼の病室から飛び出して以来、一度たりとも物音が聞こえなかった。普段耳を塞いで部屋の前を通るスタッフや患者たちですら、不思議がっている。
彼に一体何があったのだ、と秘密裏に心配する人々が増える一方。
ようやく沈黙を打破できそうな人の登場により、彼らはホッとなって心中で応援を送った。
ハイヒールのカツカツ音を鳴らしながらドアの前で立ち止まる女性が一人。コンコン、とドアを叩いても返事がなく、仕方なく開けた。
「ここにいましたか下郎。さあ、今すぐお嬢様のところに行きますよ。無論、謝罪をしに、ではございますが」
亮の顔を見るや、開口一番でそう言った雅代はベッドの傍らまで接近。
彼女と目を合わせることもなく、ただ不貞腐れたように「ごめん、雅代さん。今はその気分では」とだけを言い、そっぽを向いた。
しかし、そんな彼の拒否を無視するように、また一歩踏み込んでくる。
「謝るのにどうして気分が必要なのでございましょう。今日中に謝らないと後々色々とこじれますよ」
雅代が優しく諭しても、だんまりを決め込む亮。
別に彼は姫と仲直りしたくないわけではない。ただ、もし彼が行ったら姫のあの言葉を認めることになるのではないか。そう思っただけだ。
「最後の瞬間までずっとお嬢様の傍にいると申したのは下郎ではございませんか。あの時の言葉を果たさないつもりですか」
「……今はそっとしておいてください」
短い沈黙が二人の間に落ちた。
「下郎がこんな意気地なしな男だとは思っていませんでした」
失望したと言わんばかりの捨て台詞に亮は俯くままキッと睨み、シーツに皺ができてしまうほど、強く拳を握りしめた。
そして、彼女の退室により、より多くの人をソワソワさせるだけであった。