それから五日後。
 姫が「偶に本を読んでもいいじゃない?」という提案の元で、一同は図書室にやってきた。普段は数独をやるために図書室に訪れていたため、『図書室は本を読むためにある場所』という常識を亮はすっかり忘れていたようだ。
 彼が本選びに悩んでいる際に、みおは一冊を抱えてとことこと姫の元へ。

「お姉ちゃん、これを読んで読んでぇ~」

 姫が渡された本に目を落とすと、碧眼に微笑を浮かばせた。どんな本なのか気になって、亮は姫の肩越しに覗いては「お、いいね」と漏らす。
 二人の表情から、青い海と広がる夏の空が描かれた表紙が、二人の心にほんのりと懐かしさを呼び起こしたと見受けられる。

「是非とも、姫の美声で読んでいただきたい!」

「……はいはい」

 姫が苦笑交じりに言う。さり気なく亮も聞くことになったが、彼女は無粋なツッコミをせず、絵本の読み聞かせを始めた。
 一通り読み終えた頃、みおは頭を上げてこう尋ねる。

「ねえねえ、海ってどんな感じなのぉ~?」

 どうやって説明しようと悩んでいる姫の代わりに、亮はパッと両腕を広げた。

「水がいっっっぱいあるところで、一言では表せないような素敵な場所デスヨ!」

「……それだと、ほぼ説明になってないのでは」

「ええ~! じゃあ、海はすっごく大きいところなのぉ~?」

「イエス☆」

「すごぉぉぉい!」

 目を輝かせるみおとは対照的に、まさかあんな抽象的な説明だけで伝わったと露程思わず、姫は苦笑い。けれど、次にその口から零れ出たのは、小さなため息だった。

「みおも海、行きたいなぁ~」

 ポツリと落とされたささやかな願いを叶えてあげたい。姫はちらっと亮の方を見ると、丁度目が合った。
 きっと彼も同じことを考えている。
 そう確信した彼女はみおにバレないように、彼と小さく頷き合った。