二人の来訪者を撃退して暫く経った、そんなある日。姫とみおに会いに行く前に、亮はある人の元へと訪れた。
 赤瞳が捉えたのは、痩身長躯の五十代半ばの女性。化粧の跡はなく、白髪混じりの黒のショートがより一層清々しく見える。しなやかな深褐色の双眸が一瞬亮を認識したものの、すぐに視界から外れた。亮はすかさず、彼女の前に回り込む。

「ちょっとお時間をいただいてもよろしいでしょうか、マドモアゼル」

「よくもまあ、恥ずかしげもなくそんな言葉を口にできますね。お嬢さんの年齢をとうに超えたこのババアに」

「だって、私にとって、全女性はマドモアゼルですからネ! キラーン☆」

 自虐も通じない相手の前に彼女は重い息を落とし、話を催促すると、

「それで? 用事はなんですか?」

「ああ、そう警戒しないでください。もし貴女がこの話に乗ったら、いいものが見れますよ」

「ふむ。それは、アタシにとっての“いいもの”になりますか?」

「うーん。それを判断するのが貴女次第ですよ、マドモアゼル」

 思いのほか彼の話に興味津々な自分がいることに気付いた。
 彼女は暫く言葉をためらい、信用できる男かどうか値踏みすると、どうぞとばかりに笑顔を維持する亮。

 彼女がこの病院に働いてから早二十年が経ったが、辺境が故に娯楽も少ない。無論、彼が起こした数々の問題は、彼女の耳にも入っていた。
 しかし、こうして件の問題児と対話を重ねてみたところ、噂ほどの頭おかしな患者ではないことが判った。むしろ、敢えてピエロを演じているような、そんな気もした。
――実に面白い男だ。
 彼女自身でも知らないうちに、口角が少し上がっていた。

「いいでしょう。聞くだけ聞きます」