その日を境に、亮は毎日のように談話室に入り浸るようになった。
 時にカードゲームを遊び、時に数独選手権で争い、時にボーと空模様を眺め。三人で一緒に過ごすことが日常になっていた。
 亮が二人に加わってから、今まで以上に7階以外でもよく姫の姿を見掛けるようになった。それが、どれだけのスタッフに安堵を与えたのかは、亮自身でさえ推し量られない。そのおかげもあってか、亮とみおの笑い声が廊下中に響き渡っても、注意する人は一人もいない。

 姫自身にも変化があった。昔と比べて、よく表情を顔に出してくれるようになったけど、いずれもぎこちないものばかり。
 それでも、二人は普段通りに接していた。時々、姫とみおのどちらかが寝込むこともあったが、残りの二人でも一緒に過ごすようにしていた。その間、彼は二人の病気について触れたことは一度もなかった。


 そんなある日、ある女の子が本棟に訪れた。
 赤錆色のポニテを揺らしながら、お見舞い品の詰まった袋をぶら下げていて。どうしようどうしよう、と悩ましげな様子を浮かべながら、途方に暮れている様子。
 丁度、向かいからやってきた二人の看護師が彼女に気付き、声を掛けた。

「あの、何かお困りのようですが……」

「すいません。あの、302号室ってどこにあるのか、ご存知でしょうか」

 片方の看護師が「ああ、あの」と言い掛けた途中でしまったといった顔をし、口を噤む。頭上でたくさんの疑問符が飛び交う女の子を見て、もう片方の看護師が慌ててフォローを入れることに。

「さ、302号室でしたら、そこを右に曲がってすぐですよ」

「あ、そうですか。ありがとうございます!」

 腰を曲げ礼を述べ、去って行く女の子。そんな彼女が廊下の角に姿を消してから、二人とも同時にホッとして、歩みを再開させた。

「親族の方かな?」

「多分そうなんじゃない?」

「しかしアレと違って、しっかりしてるわねー」

「だねー」

 そんな会話が交わされたことを知らずに、女の子は302号室の前に辿り着いた。今まで彼の入院費を稼ぐために忙しかった分、やっとお見舞いに来られただけあって、彼女の中には感慨深いものがあるようだ。
 一ヶ月も会えなかったから、今頃枕を濡らしていたりして。そんなありもしない可能性に、女の子は小さな笑いを漏らす。

「へへへ、妹がお見舞いに来ましたよー、兄さん♪」

 だけど、彼女がドアを開けると、その嬉々とした声色から度肝を抜かれたような声に一転。何度も室内に視線を往復させても、依然として無人のまま。

「いない?! どこに行っちゃったのよ、兄さん!」

 袋が落ちたことも気付かず、ただ部屋の中を見つめる女の子。
 ふと、彼女の脳裏にある台詞が蘇った。

『ハァーハハハ! 聞いてくれ、妹ヨ! 上京したら、私は東京の全ての女性をナンパしまくるゾ☆』

 嫌な予感が彼女の頭をよぎり、一刻も早く兄さんを連れ戻さなければ、という一心で飛び出した。しかし、勢いで飛び出したのはいいものの、この広い病院の中でどうやって彼を探すのか見当もつかない。
 だけど、あの兄さんのことだ。きっと、どこかで目立っているに違いない、と彼女は結論した。そして、その目論見が見事に当たったのは、彼女が患者同士のある会話を小耳に挟んだ時だった。

 内容を掻い摘むと、ある金に似た黄色い髪のおかしな車椅子少年は、ここ最近“ガラス姫”という人物に付き纏っているらしい。
 その人物は相当お金持ちらしく、なんでも常にメイドを後ろに控えさせているとのこと。まさか、と彼女は意を決し、二人に聞いてみることにした。

「あ、あの。すみません、ちょっといいですか?」