とある病院の7階の奥深くにある病室。一人用にしてはやや広めに用意されたそれの扉の隙間から微かな呻き声が漏れていた。
 消灯時間がとっくに過ぎていることに気にしているのか、やや抑えめである。はあはあと荒い呼吸を繰り返し、寝返りを打つ彼女はうっすらと瞼を開け、混濁した碧眼が覗く。

「……これは、ヤバいっ……かもッ」

 辛うじて喉から細い声を絞り出した彼女は、勝手に薄れてゆく意識を現実に繋ぎ止めて。頑張って耐えるんだ、と頭の中で言い聞かせながら自分に傷をつけさせないよう、両腕を組む。
 白い髪の毛の隙間から伝って細い首筋へと流れ落ちる脂汗。その首筋から幹のような模様が見え隠れしている。彼女が痛みに悶え苦しむ間に、それが蔦みたいに彼女の身体を這い回り、全身に広がり渡る。
 腕、足、顔。皮膚のあらゆるところに満遍なく広がり渡ったそれが、枝分かれ始めた。枝から棘、花柄、小葉(しょうよう)、がくが生えて。その先端から蕾がほころび、最後に薔薇の花が咲く。そして、花の模様が浮かび上がったら、更なる痛みがその痩せ細った身に降りかかるのがいつものこと。

「ガッ――」
 
 けれど、予想した以上の激痛に襲われて、彼女が一瞬大きく目を開いた。ちょっと気が緩んだところで、いきなり焼け鉄杭に貫かれるような激痛に襲われたのだ。いつものこととは言え、この痛みに慣れたわけではない。
 痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
 思いっきり身体を掻きむしって楽になりたい。いっそのことナースコールを使って痛み止めを打ってもらってこの地獄を終わりにしたい。
 手を伸ばせばすぐにナースコールのボタンがある。これで楽に……。その刹那、ある声が脳裏をかすめた。

『一々一々うるさいんだよ。はあ、頼むからこれ以上仕事を増やさないでくれる? いい迷惑なんだけど』

 押す寸前のところで彼女はハッとした。無意識に伸ばした手を引っ込めて、声が出ないように布団を噛んで口を塞ぐ。それでも声が漏れてしまうもの。
 
 ――あと5分だけ。あと5分だけ耐えてれば……!

 耐えがたい苦痛に顔を歪めながら涙が溢れ出ている。それでも、彼女は泣き喚かまいと己の自制心を最大限に働きかけた。けれど、そこで彼女の切なる願いに反する出来事が起こった。
 まるで稲妻が身体を貫いたかのように、血管を焼き尽くすような痛みが彼女に襲い掛かった。立て続けに激痛の波に翻弄され、身体をよじらせる。しかし、もがけばもがくほど、己に課した枷が緩くなっていき、やがて爆発する。

「―――――」

 慟哭。
 それはこもっているが、今まで我慢してきた分、その烈しさは空気をも震撼させた。どれほどの激痛に浴びせられることになったとしても、彼女は決して口を離さない。
 その晩、彼女がいくら泣き喚いても、誰にも助けられることもなく、知られることもなかった――。