桜が咲いているのを、窓からぼんやり眺めていた。今日で高校に入ってニ週間経つ。でも、俺は未だにどこのグループにも入れないでいた。いや、入らないことを選んだ、と言った方が正しいかもしれない。下手にグループに入ろうとすると、色々面倒なことになることを、俺は今までの経験から既に気がついていた。
しかし、周りは俺がそんな風に思っていることには当然ながら全く気付かない。
「ねぇ」
横から声が聞こえてきた。見ると、クラスで既に人気者となっている女の子が立っていた。確か、鈴谷 香織って名前だったような気がする。
「今日、なんか予定ある?」
「いや、特に無いけど」
「カラオケ行かない?」
はあ、出た。カラオケ。絶対「歌え」って言われるやつ。
「いやー...」
俺は、と言いかけて慌てて口を噤んだ。
「私は、そういうのちょっと苦手で...」
鈴谷もなかなか引き下がってくれない。「行こう、行こう」と繰り返し、うん と言うまで待っていそうな感じだ。さっきの返事が聞こえてないのかな。
「私は、ちょっと」
「行こ行こ行こ!カラオケ楽しいよ!」
いや、俺は楽しくないんだけど。
あまりにもしつこいので、ちょっと苛々してきた。
「だから、俺は」
「俺?」
相手の顔が凍りついた。
あ。 俺は慌てて取り繕う。
「えっと、私、は、ちょっとカラオケとか苦手で、だから」
さっきと全く同じ言い分。俺は心の中で自分に毒付きながら、ぶつぶつと同じことを繰り返した。
「そっか、じゃあしょうがないね」
鈴谷がぎこちない笑顔で返し、逃げるように俺の席から去っていった。
やらかした...
* * *
私は教室の一角で明らかに困っている女の子を少し離れたところから観察していた。
「行こ行こ行こ!カラオケ楽しいよ!」
「えっと、私、は、」
あまりの見苦しさに目を逸らした。
はああぁぁ。しつこい奴って嫌い。
なんで嫌がる人をあそこまで連れて行きたがるんだろう。
半ば呆れながらもう一度目をやると、誘っていた女の子がいかにも愛想笑いといった感じの表情を浮かべながら自分の席に引っ込んでいくのが見えた。
驚いた。さっきまであんなにしつこく誘ってたのに。
何があったんだろうな。
どうも私はこういう気になる事があると確かめたくなる性分らしい。損をした記憶の方が多いような気がするけど、まあ、気のせいということにしておこう。
さっきしつこーく絡まれていた子は、席に座って一点を見つめている。自己紹介の時の記憶がぼんやりと蘇る。
「伊藤 瑠衣です。よろしくお願いします。」
シンプルな挨拶に、みんな盛り上がるわけもなく、かといって気まずい空気が流れるわけもなく、普通にみんな拍手をしていた。
私はそっと席を立つと、さっきから全く動かなくなった女の子––––瑠衣ちゃんの席に向かって歩いて行った。
途中、女子勢が大勢集まっているのが目に入って、通り過ぎる瞬間に歩くスピードを落とす。さっき瑠衣ちゃんに「カラオケ行こー」と誘っていた女の子も中にいることに気が付いて、聞き耳を立てた。
「ねえ、瑠衣ちゃんってなんか変じゃない?」
「分かるー」
「だってさっきも、一人称が《俺》だったよ、誤魔化してたけど。おかしいでしょ。女の子なのに」
私がこれを聞いて全く驚かなかったと言ったら嘘になる。でも、自分の席に戻る気にはならずに、そのまま彼女の机の隣に立って声を掛けた。
「瑠衣ちゃん」
瑠衣ちゃんが顔をあげた。
「なに」
「えっと、今日の放課後、なんか予定ある?」
さっきと同じ展開、と思ったらしく僅かに顔を顰めた後、
「や、無いけど」
こういう時に嘘つく人じゃないんだな、と心の中で少し安堵した。
「放課後、ちょっと良い?」
瑠衣ちゃんは黙ったまま頷いた。
しかし、周りは俺がそんな風に思っていることには当然ながら全く気付かない。
「ねぇ」
横から声が聞こえてきた。見ると、クラスで既に人気者となっている女の子が立っていた。確か、鈴谷 香織って名前だったような気がする。
「今日、なんか予定ある?」
「いや、特に無いけど」
「カラオケ行かない?」
はあ、出た。カラオケ。絶対「歌え」って言われるやつ。
「いやー...」
俺は、と言いかけて慌てて口を噤んだ。
「私は、そういうのちょっと苦手で...」
鈴谷もなかなか引き下がってくれない。「行こう、行こう」と繰り返し、うん と言うまで待っていそうな感じだ。さっきの返事が聞こえてないのかな。
「私は、ちょっと」
「行こ行こ行こ!カラオケ楽しいよ!」
いや、俺は楽しくないんだけど。
あまりにもしつこいので、ちょっと苛々してきた。
「だから、俺は」
「俺?」
相手の顔が凍りついた。
あ。 俺は慌てて取り繕う。
「えっと、私、は、ちょっとカラオケとか苦手で、だから」
さっきと全く同じ言い分。俺は心の中で自分に毒付きながら、ぶつぶつと同じことを繰り返した。
「そっか、じゃあしょうがないね」
鈴谷がぎこちない笑顔で返し、逃げるように俺の席から去っていった。
やらかした...
* * *
私は教室の一角で明らかに困っている女の子を少し離れたところから観察していた。
「行こ行こ行こ!カラオケ楽しいよ!」
「えっと、私、は、」
あまりの見苦しさに目を逸らした。
はああぁぁ。しつこい奴って嫌い。
なんで嫌がる人をあそこまで連れて行きたがるんだろう。
半ば呆れながらもう一度目をやると、誘っていた女の子がいかにも愛想笑いといった感じの表情を浮かべながら自分の席に引っ込んでいくのが見えた。
驚いた。さっきまであんなにしつこく誘ってたのに。
何があったんだろうな。
どうも私はこういう気になる事があると確かめたくなる性分らしい。損をした記憶の方が多いような気がするけど、まあ、気のせいということにしておこう。
さっきしつこーく絡まれていた子は、席に座って一点を見つめている。自己紹介の時の記憶がぼんやりと蘇る。
「伊藤 瑠衣です。よろしくお願いします。」
シンプルな挨拶に、みんな盛り上がるわけもなく、かといって気まずい空気が流れるわけもなく、普通にみんな拍手をしていた。
私はそっと席を立つと、さっきから全く動かなくなった女の子––––瑠衣ちゃんの席に向かって歩いて行った。
途中、女子勢が大勢集まっているのが目に入って、通り過ぎる瞬間に歩くスピードを落とす。さっき瑠衣ちゃんに「カラオケ行こー」と誘っていた女の子も中にいることに気が付いて、聞き耳を立てた。
「ねえ、瑠衣ちゃんってなんか変じゃない?」
「分かるー」
「だってさっきも、一人称が《俺》だったよ、誤魔化してたけど。おかしいでしょ。女の子なのに」
私がこれを聞いて全く驚かなかったと言ったら嘘になる。でも、自分の席に戻る気にはならずに、そのまま彼女の机の隣に立って声を掛けた。
「瑠衣ちゃん」
瑠衣ちゃんが顔をあげた。
「なに」
「えっと、今日の放課後、なんか予定ある?」
さっきと同じ展開、と思ったらしく僅かに顔を顰めた後、
「や、無いけど」
こういう時に嘘つく人じゃないんだな、と心の中で少し安堵した。
「放課後、ちょっと良い?」
瑠衣ちゃんは黙ったまま頷いた。