時は流れて、3月。だけどどうやら今年の冬は長引いているみたいで、朝は相変わらず霧で真っ白。
かじかむ手を擦りながら、中学校へと登校していく。
そして隣には、辰喜もいる。まったくもっていつもの光景。だけど私は内心、変に緊張していたの。
不思議な話なんだけど、最近辰喜と一緒にいると、変なんだよね。何故か直視できないんだけど、それでいて気付けば目で追っちゃってて。これって、何だろうね……。
「……彩。おーい、彩ー」
「──っ! な、何?」
「何って……いったいどこまで行く気? 学校通り過ぎちゃうよ」
言われて、校門を通り過ぎようとしたいたことにようやく気づいた。
ちょっとなにこれ、恥ずかしい! 漫画みたいな失敗じゃない!
慌ててUターンすると、辰喜はそんな私をクスクス笑う。
「何やってるのさ」
「う、うるさいなあ。ちょっと考え事してたんだよ」
そんなことを言い合いながら校門をくぐると、辰喜は校舎を見上げる。
「いよいよ明日で卒業かあ」
「だね……」
まだまだ寒くて、春なのが信じられないけど、カレンダーは嘘をつかない。
泣いても笑っても、私達の中学校生活は明日で終わるんだ。
今日は卒業式の最後の練習。私達は教室に行くと、クラスメイト達に「おはよう」と挨拶をしていく。
いつもの光景すぎて、本当に明日で卒業なのって気持ちになる。たぶんこう思ってるのは、私だけじゃないんじゃないかなあ?
だけど始業のチャイムが鳴って、体育館に移動して卒業式の練習が始まると、その時が近いって思い知らされる。
あーあ、どうして卒業式の練習なんて、しなきゃいけないんだろう。
用意された台詞を言って、卒業証書を受け取るだけの練習よりも、残された時間をもっと楽しく使いたいのに。
台本通り自分の番がくると前に出て、校長先生から卒業証書を受け取るフリをする。
何気なく受けていた授業や面倒くさかった掃除を今は不思議と愛しく思うように、この卒業式の練習も大人になってから振り返ったら、忘れたくない思い出になるのかな?
そんなことを考えているうちに、あっという間に練習は終わる。
私達3年生は、今日出るのは午前中だけ。後は明日に備えてしっかり休めってことだけど、当然みんなそんなことはしない。
せっかくなんだし、どこかに遊びに行こうって、次々とグループができていく。
私も、辰喜を誘って声をかけたけど……。
「ごめん。今から帰って引っ越しの準備をしなきゃいけないんだ」
返ってきたのはそんな答え。
そしてあっさり言われたその言葉が、胸を締め付ける。
「そっか……来週にはもう、引っ越しだもんね」
辰喜の家は卒業を待って、それから引っ越すことになっていたの。
だからこそ少しでも一緒にいたかったんだけど、準備があるんじゃ仕方ないか。
そんな事を思っていると……。
「堀江さん、ちょっといいかな?」
不意に後ろから、名字を呼ばれて振り返る。
そこにいたのは同じクラスの男子、烏丸くん。彼もこれから友達と一緒に遊びに行くのかな? 後ろにも数人の男子がいたけど……。
烏丸くんは、赤い顔をしながら言ってくる。
「ちょっと話があるんだけど、付き合ってくれないかな?」
「話? 別にいいけど、何?」
「ここじゃちょっと……ちょっと来てくれない?」
「うん……それじゃあ辰喜、また明日」
挨拶をして、案内する烏丸くんに付いていったけど、途中でチラリと後ろを振り返る。
『また明日』、かあ……これが言えるのも、今日で最後なんだよね。
永遠に続くって思っていた明日だけど、そんなことはなくて。終わりはちゃんと決まっている。
振り返った先にあった辰喜の顔はさっきとは違う、何故か驚きと不安が入り混じったような表情をしていたけど、私はすぐに前を向き直して、烏丸くんの後に付いていった。
そうして教室を出て、やってきたのは文化部の部室が並ぶ部室棟。
だけど今の時間はどの部室も使ってなくて、辺りは静か。
こんな所に連れてきて、何を話すつもりなんだろう? すると烏丸くんは私に向き直って、意を決したような顔で言ってきた。
「俺、前から堀江さんのこと好きでした! お、俺と付き合ってください!」
………………は?
一瞬で思考が停止した。
それは私の人生において2度目の告白。だけど、待って待って待って、一旦落ち着かせて!
烏丸くんとは同じクラスで、それなりに喋った事もあって、仲が良いか悪いかって言われたら、良くはあると思う。
だけど、急に告白なんて……。
どうしてわざわざこんな人気の無い場所に連れてきたかが、ようやくわかった。
そういえば、卒業前には最後のチャンスと告白する人が増えるって話を、聞いたことがある。
離れた所では、烏丸君の友達の男子達が見守っていて、烏丸くんは顔を真っ赤にしながら返事を待っていたけど……。
前に辰喜から告白された時と同じだ。烏丸くんのことは嫌いじゃないけど、そんな風に考えた事なんてない。
それに、今私が好きなのは……。
「ごめ……んなさい……」
弱々しい声で断りの言葉を告げると、真っ赤だった烏丸くんの顔がサーッと冷めていくのが分かる。
本当にゴメン。振ってしまったこともそうだけど、もっと申し訳ないのは今この瞬間、頭に辰喜の顔が浮かんでいるということ。
似たようなシチュエーションだから、前に告白された時の事がフラッシュバックしたってだけじゃない。
今向き合わなきゃいけないのは烏丸くんだって分かっているのに、辰喜のことが頭から離れてくれないの。
烏丸くんはやっぱり悲し気な顔をしたけど、すぐに受け入れたみたいに小さく笑う。
「そっか……ごめんな、付き合わせちまって。……なあ、理由はやっぱり、辰喜なのか?」
「はぁ? な、なんでここで辰喜が出てくるのさ!? ち、違うから!」
なんて答えたけど、自分でもメチャクチャ動揺しているって分かる。
たぶんそれは烏丸くんにも伝わっていたと思うけど、彼は「そっか」とだけ言って、スッキリしたような顔で友達の元へと歩いていく。
彼は見守ってくれていた友達から「よくやった」「元気出せ」と励まされ、私は「コイツに付き合ってくれてありがとな」ってお礼を言われたけど、彼らが去っていくまで足が石になったみたいに、その場から動けなかった。
まるで嵐のような出来事で、心臓は今もドクンドクンと大きな音を立てている。
だけど動くことも忘れて佇んでいると、不意に背後に誰かの気配を感じた。
「彩……」
「──っ!? 辰喜!?」
振り返ると、そこにいたのは教室で別れたはずの辰喜。
けど、何でここに?
「アンタ、引っ越しの準備はどうしたの?」
「少しくらい遅れてもいいよ。それより、烏丸の話って……」
「ああ、うん……ちょっとね」
何があったかをベラベラ喋る気になれなかったからぼかしたけど、辰喜は察したような、そしてどこかホッとしたみたいな顔をして、それを見てふと思う。
もしもさっき、烏丸くんの告白に応えていたら、辰喜はなんて言っただろう?
「あ、あのさ辰喜……」
「何?」
「もしも……もしも私が誰かと付き合うか事になったって言ったら、辰喜はどうする?」
「は? 待った、そんなやついるのかよ!?」
「だ、だから『もしも』だって。例え話だよ」
慌てて返事をしたけど、この焦りよう。
も、もしかして辰喜、まだ私のことを……。
「……もしも彩が誰かと付き合ったら、その時はもちろん応援するよ」
「えっ……」
さっきまで火照っていた体がスッと冷めていく。
応援するって、それは……。
「じゃ、じゃあ辰喜は、この先私が誰かとくっついちゃっても良いんだね」
「当然だろ。友達だからね」
「う、うん……そうだよね」
友達……かあ。
告白を断ってまで、私がそうあることを望んだはずなのに、何故か今はそれをすごく嫌だって感じる。
こんなの自分勝手でわがままだって、分かっているのに。
しかもそうだというのに、私ときたら。
「わ、私ももし辰喜に彼女ができたら、応援するよ。向こうで、可愛い彼女作りなよね」
何故か思っているのとは逆の、心にも無いことをベラベラ喋ってしまう。
私はいったい、何を言ってるんだ!?
「ああ、うん……そうだな。そうできるよう、頑張るよ」
「そ、そうしなよ。わ、私も彼氏ができたら、紹介するから」
全く心の込もってない、薄っぺらい会話。
こんなことを話したいわけじゃないのに、どうして素直になれないのかなあ!
そんな自分に苛立ちつつも、それじゃあ本当は何が言いたいのか。何を言ってもらいたいのか、分からないよ。
「……そうだ、俺もう帰らなきゃ」
「そうだったね……準備に時間かけすぎて、明日の卒業式に遅刻しないでよね」
「ははっ、分かってるって。それじゃあ、また明日!」
辰喜はそう言って、踵を返して去って行く。
きっとこれが正真正銘、最後の『また明日』なんだろうなあ。
「明日なんて、来なくていいのに……」
廊下の奥に小さくなっていく後ろ姿をジッと見つめながら、漏れたのは決して叶わない願い。
さっきまでは友達と集まって遊びに行くつもりだったけど、すっかり気持ちが削がれてしまって。そのまま一人、家に帰るのだった。
かじかむ手を擦りながら、中学校へと登校していく。
そして隣には、辰喜もいる。まったくもっていつもの光景。だけど私は内心、変に緊張していたの。
不思議な話なんだけど、最近辰喜と一緒にいると、変なんだよね。何故か直視できないんだけど、それでいて気付けば目で追っちゃってて。これって、何だろうね……。
「……彩。おーい、彩ー」
「──っ! な、何?」
「何って……いったいどこまで行く気? 学校通り過ぎちゃうよ」
言われて、校門を通り過ぎようとしたいたことにようやく気づいた。
ちょっとなにこれ、恥ずかしい! 漫画みたいな失敗じゃない!
慌ててUターンすると、辰喜はそんな私をクスクス笑う。
「何やってるのさ」
「う、うるさいなあ。ちょっと考え事してたんだよ」
そんなことを言い合いながら校門をくぐると、辰喜は校舎を見上げる。
「いよいよ明日で卒業かあ」
「だね……」
まだまだ寒くて、春なのが信じられないけど、カレンダーは嘘をつかない。
泣いても笑っても、私達の中学校生活は明日で終わるんだ。
今日は卒業式の最後の練習。私達は教室に行くと、クラスメイト達に「おはよう」と挨拶をしていく。
いつもの光景すぎて、本当に明日で卒業なのって気持ちになる。たぶんこう思ってるのは、私だけじゃないんじゃないかなあ?
だけど始業のチャイムが鳴って、体育館に移動して卒業式の練習が始まると、その時が近いって思い知らされる。
あーあ、どうして卒業式の練習なんて、しなきゃいけないんだろう。
用意された台詞を言って、卒業証書を受け取るだけの練習よりも、残された時間をもっと楽しく使いたいのに。
台本通り自分の番がくると前に出て、校長先生から卒業証書を受け取るフリをする。
何気なく受けていた授業や面倒くさかった掃除を今は不思議と愛しく思うように、この卒業式の練習も大人になってから振り返ったら、忘れたくない思い出になるのかな?
そんなことを考えているうちに、あっという間に練習は終わる。
私達3年生は、今日出るのは午前中だけ。後は明日に備えてしっかり休めってことだけど、当然みんなそんなことはしない。
せっかくなんだし、どこかに遊びに行こうって、次々とグループができていく。
私も、辰喜を誘って声をかけたけど……。
「ごめん。今から帰って引っ越しの準備をしなきゃいけないんだ」
返ってきたのはそんな答え。
そしてあっさり言われたその言葉が、胸を締め付ける。
「そっか……来週にはもう、引っ越しだもんね」
辰喜の家は卒業を待って、それから引っ越すことになっていたの。
だからこそ少しでも一緒にいたかったんだけど、準備があるんじゃ仕方ないか。
そんな事を思っていると……。
「堀江さん、ちょっといいかな?」
不意に後ろから、名字を呼ばれて振り返る。
そこにいたのは同じクラスの男子、烏丸くん。彼もこれから友達と一緒に遊びに行くのかな? 後ろにも数人の男子がいたけど……。
烏丸くんは、赤い顔をしながら言ってくる。
「ちょっと話があるんだけど、付き合ってくれないかな?」
「話? 別にいいけど、何?」
「ここじゃちょっと……ちょっと来てくれない?」
「うん……それじゃあ辰喜、また明日」
挨拶をして、案内する烏丸くんに付いていったけど、途中でチラリと後ろを振り返る。
『また明日』、かあ……これが言えるのも、今日で最後なんだよね。
永遠に続くって思っていた明日だけど、そんなことはなくて。終わりはちゃんと決まっている。
振り返った先にあった辰喜の顔はさっきとは違う、何故か驚きと不安が入り混じったような表情をしていたけど、私はすぐに前を向き直して、烏丸くんの後に付いていった。
そうして教室を出て、やってきたのは文化部の部室が並ぶ部室棟。
だけど今の時間はどの部室も使ってなくて、辺りは静か。
こんな所に連れてきて、何を話すつもりなんだろう? すると烏丸くんは私に向き直って、意を決したような顔で言ってきた。
「俺、前から堀江さんのこと好きでした! お、俺と付き合ってください!」
………………は?
一瞬で思考が停止した。
それは私の人生において2度目の告白。だけど、待って待って待って、一旦落ち着かせて!
烏丸くんとは同じクラスで、それなりに喋った事もあって、仲が良いか悪いかって言われたら、良くはあると思う。
だけど、急に告白なんて……。
どうしてわざわざこんな人気の無い場所に連れてきたかが、ようやくわかった。
そういえば、卒業前には最後のチャンスと告白する人が増えるって話を、聞いたことがある。
離れた所では、烏丸君の友達の男子達が見守っていて、烏丸くんは顔を真っ赤にしながら返事を待っていたけど……。
前に辰喜から告白された時と同じだ。烏丸くんのことは嫌いじゃないけど、そんな風に考えた事なんてない。
それに、今私が好きなのは……。
「ごめ……んなさい……」
弱々しい声で断りの言葉を告げると、真っ赤だった烏丸くんの顔がサーッと冷めていくのが分かる。
本当にゴメン。振ってしまったこともそうだけど、もっと申し訳ないのは今この瞬間、頭に辰喜の顔が浮かんでいるということ。
似たようなシチュエーションだから、前に告白された時の事がフラッシュバックしたってだけじゃない。
今向き合わなきゃいけないのは烏丸くんだって分かっているのに、辰喜のことが頭から離れてくれないの。
烏丸くんはやっぱり悲し気な顔をしたけど、すぐに受け入れたみたいに小さく笑う。
「そっか……ごめんな、付き合わせちまって。……なあ、理由はやっぱり、辰喜なのか?」
「はぁ? な、なんでここで辰喜が出てくるのさ!? ち、違うから!」
なんて答えたけど、自分でもメチャクチャ動揺しているって分かる。
たぶんそれは烏丸くんにも伝わっていたと思うけど、彼は「そっか」とだけ言って、スッキリしたような顔で友達の元へと歩いていく。
彼は見守ってくれていた友達から「よくやった」「元気出せ」と励まされ、私は「コイツに付き合ってくれてありがとな」ってお礼を言われたけど、彼らが去っていくまで足が石になったみたいに、その場から動けなかった。
まるで嵐のような出来事で、心臓は今もドクンドクンと大きな音を立てている。
だけど動くことも忘れて佇んでいると、不意に背後に誰かの気配を感じた。
「彩……」
「──っ!? 辰喜!?」
振り返ると、そこにいたのは教室で別れたはずの辰喜。
けど、何でここに?
「アンタ、引っ越しの準備はどうしたの?」
「少しくらい遅れてもいいよ。それより、烏丸の話って……」
「ああ、うん……ちょっとね」
何があったかをベラベラ喋る気になれなかったからぼかしたけど、辰喜は察したような、そしてどこかホッとしたみたいな顔をして、それを見てふと思う。
もしもさっき、烏丸くんの告白に応えていたら、辰喜はなんて言っただろう?
「あ、あのさ辰喜……」
「何?」
「もしも……もしも私が誰かと付き合うか事になったって言ったら、辰喜はどうする?」
「は? 待った、そんなやついるのかよ!?」
「だ、だから『もしも』だって。例え話だよ」
慌てて返事をしたけど、この焦りよう。
も、もしかして辰喜、まだ私のことを……。
「……もしも彩が誰かと付き合ったら、その時はもちろん応援するよ」
「えっ……」
さっきまで火照っていた体がスッと冷めていく。
応援するって、それは……。
「じゃ、じゃあ辰喜は、この先私が誰かとくっついちゃっても良いんだね」
「当然だろ。友達だからね」
「う、うん……そうだよね」
友達……かあ。
告白を断ってまで、私がそうあることを望んだはずなのに、何故か今はそれをすごく嫌だって感じる。
こんなの自分勝手でわがままだって、分かっているのに。
しかもそうだというのに、私ときたら。
「わ、私ももし辰喜に彼女ができたら、応援するよ。向こうで、可愛い彼女作りなよね」
何故か思っているのとは逆の、心にも無いことをベラベラ喋ってしまう。
私はいったい、何を言ってるんだ!?
「ああ、うん……そうだな。そうできるよう、頑張るよ」
「そ、そうしなよ。わ、私も彼氏ができたら、紹介するから」
全く心の込もってない、薄っぺらい会話。
こんなことを話したいわけじゃないのに、どうして素直になれないのかなあ!
そんな自分に苛立ちつつも、それじゃあ本当は何が言いたいのか。何を言ってもらいたいのか、分からないよ。
「……そうだ、俺もう帰らなきゃ」
「そうだったね……準備に時間かけすぎて、明日の卒業式に遅刻しないでよね」
「ははっ、分かってるって。それじゃあ、また明日!」
辰喜はそう言って、踵を返して去って行く。
きっとこれが正真正銘、最後の『また明日』なんだろうなあ。
「明日なんて、来なくていいのに……」
廊下の奥に小さくなっていく後ろ姿をジッと見つめながら、漏れたのは決して叶わない願い。
さっきまでは友達と集まって遊びに行くつもりだったけど、すっかり気持ちが削がれてしまって。そのまま一人、家に帰るのだった。