夏が過ぎて、秋が終わって、朝になると町全体が朝霧に包まれる、寒い冬がやってくる。
私と辰喜は相変わらず、それまで通り『友達』を続けていて、一緒に初詣にも行って受験の合格祈願をした。

この頃になると当然志望校も決まってきて、私は4駅離れた所にある商業高校に。そして辰喜は名前も聞いたことの無い、遠くの高校を受験する。

合格祈願のお参りをすませた後、私達は神社の境内の隅に移動して、お互いの状況を話し合った。

「ねえ、そっちは受験大丈夫そう? 辰喜の言ってた学校のレベル、今一つよくわからないんだけど」
「う~ん、俺もあんまりピンときて無いんだよなあ。もちろん学校については調べたけどさ、地元じゃないし、どんな学校かって言われても、実感わかないんだよね。まあ、何とかなるんじゃないの?」

何ともいい加減な。自分が受験する学校でしょうが!
けど辰喜は決して楽観的に「何とかなる」なんて言わないことを、私はよく知っている。
きっとこんな風に言いつつも勉強はちゃんとしていて、しっかり合格圏内にいるんだろうなあ。
私も負けてられないや。

こうしてお正月が終わって、迎えた3学期。中学校生活も、もう3ヶ月も残っていない。
しかも私達が卒業するってだけでなく、母校の中学校が廃校になるってことでもあって。春になったらあの通い慣れた校舎からは、全ての生徒がいなくなってしまう。
どのみち卒業してしまう私達には関係無い事なのかもしれないけどさ、この悲しさは何だろうね。

そしてもう一つ、私を悩ませているのは辰喜。
引っ越しの話を聞かされた後も、それまで通り一緒にバカやったり、勉強したりしてたけど、ふとした瞬間思ってしまうんだよね。
この町を出ていった後、辰喜は私のことを、思い出してくれるのかなって。

当たり前のように通っていた中学校が廃校になって、いつかは校舎も取り壊されるみたいに、辰喜の記憶から私やこの町は消えていくんじゃないか。
そう考えると、胸の奥が冷たくなる。

こんな風に思ってしまうのは、友達だから? 親友だから、忘れられたくないって、思っちゃうのかな?

けどら悩んでばかりもいられない。春になる前に、受験が控えているんだから。
私達はそれぞれ受験勉強を進めていって、辰喜受験の前の日に、明日の受験に備えるため出掛けて行った。

受験前の貴重な最後の1日を、移動に使わなきゃならないなんて難儀だなあ。
そして実は、私の受験日も明日。人の心配なんてしてる場合じゃないってのに、辰喜のことが気になって、どうにも勉強に身が入らなかった。
あー、もう。最後の追い込みだっていうのに、何やってるんだろう?

夜になって、激励のメッセージでも送ってやろうかと思ったけど、疲れているかもしれないしなあ。
だけどそうしていると、逆に私のスマホがメッセージを受信した。
……辰喜からだ。

【彩、まだ起きてる? 明日はお互い頑張ろうな。大丈夫、落ち着いてやれば、彩ならきっとできるから】

受信したメッセージを読むと、謎の安心感が込み上げてくる。
私ならできる。その言葉に根拠なんて無いってわかっているけど、こう言ってもらえるだけで落ち着くから、不思議だよね。

私はすぐに返信を送る。

【こっちは平気。そっちは、慣れない場所で心細くない? あれだけ勉強したんだから、きっと大丈夫。今日は移動で疲れたでしょ、無理せず休んで、明日に備えなよ】

メッセージを送ったら、すぐに既読が付く。
思えば今までテスト前は、二人して最後の追い込みをしていたっけ。
だけど今回はテストを受ける学校も違うし、近くにいるわけでもない。でもこんな風にメッセージを送り合うと、いつも通りやればいいって思えてきて、落ち着いてくる。

辰喜とのやり取りはこれで終わってしまったけど、もう十分。
そしてこのメッセージのおかげかどうかは分からないけど、次の日はちゃんと落ち着いて受験に臨むことができた。

後日帰ってきた辰喜と話したけど、向こうも手応えがあったみたいで、それからしばらく経った後、二人とも無事に合格の知らせを受け取った。
合格通知の入った封筒を手にして辰喜の家に行くと、向こうも同じように『合格』と書かれた紙を持っていた。

「よーしっ、合格ー! これで灰色の受験生活から解放されるー!」
「おめでとう、俺も何とか受かったよ」
「もう、だったらもっと喜びなって。テンション低いなー」

脇腹をつついて無理やり笑顔にさせて、二人でハイタッチ。
嬉しいことがあったら多少強引でも笑わせて喜び合う。これが私達流だ。
だけど……。

「二人とも受かって良かったよ。けどこれで、春からは離ればなれかあ……」

辰喜の漏らした言葉が、現実を突き付けてくる。

ああ……うん。そうだよね。
合格したのはもちろん嬉しいけど、春になれば辰喜この学校に通う。もう一緒には、いられないんだよね。

さっきまで上がっていたテンションが、一気に下がっていく。
もちろん今回の合否に関わらず、避けられなかった事なんだけどさ。受験という大きな山を越えたことで、迫る現実を突き付けられたような気がして、とたんに寂しい気持ちが込み上げてきた。

あとどれだけ、辰喜とこうして一緒にいられるんだろう?
この家に遊びにこれるのも、きっともう何度も無いはず。
残された時間は、本当に後僅かなんだ……。

『俺はずっと前から、彩のことが好きだから。……付き合ってほしい』

不意に思い出されたのは、去年のバレンタインの日の告白。
今年のバレンタインは受験でそれどころじゃなかったけど……辰喜は今、私のことをどう思っているんだろう? 

「ねえ、辰喜……」
「なに?」
「えっと……ゴメン、何でもない」

慌てて尋ねるのをやめたけど、わ、私はいったい、何を聞こうとしてたの? 
今でもまだ、私のこと好きなのって聞くつもりだったのか!?

もちろんそんなつもりなんてなかった……はずだけど。
正直言うと、ちょっと気になってる。

辰喜は平気そうにしてるけどさ。それじゃもう私のことは、好きじゃないってことなのかな?
もちろん友達としては好きかもしれないけど、恋としては。
だって好きな人と離ればなれになるって、凄く辛いことじゃん。なのに平然としてられるってことは、もう好きじゃないって思っていいんだよね。

振ったのは私なんだし、どのみち別れは避けられないんだから、これで良いのかもしれないけどさ。何故かスッキリしない。
私はこんなに、辛いのに……。

だけど、ここまで考えて思った。
ちょっと待って。これじゃあまるで私が、辰喜のこと好きみたいじゃん!

好きな人と離ればなれになるのは辛いって思ったのが、ブーメランになって返ってくる。
いや、逆でしょ! 告白してきたのは辰喜の方。私はそれを、断ったってのに……。

辰喜に目をやると、悶々とする私を不審に思っているのか、不思議そうな顔で見ている。
そして私は、そんな辰喜を見ると変にドキドキしてくるわけで。

なにこれ、なにこれ、なにこれ!
どうしてこんな気持ちになるのか、全然分からないけど!

「彩、顔赤いけど、大丈夫?」
「へ、平気。そうだ、私お母さんから、用事を頼まれてたんだ。もう行かなきゃ」

取って付けた嘘を言って、急いで辰喜の家を後にする。
変な空気になっちゃってたけど、もしかしたら嘘だってバレてたかもしれない。
だけどそれよりも、辰喜のことで沈んだり苛立ったりする自分に、戸惑ってしまう。

今日の私ってば変。いったいどうしちゃったんだろう?
いや、今日に限ったことじゃないのかも。辰喜から引っ越しの話を聞かされた夏の日から、もしくはもっと前、告白されたバレンタインの時から、ずっと変になっていたのかもしれない。

あの時辰喜から、好きだと言われて振ってしまって、それでも今まで通りでいようって思っていたけど。私達の関係は、あの時壊れてしまっていたのかも。
私が辰喜のことを、意識してしまうという形で。

辰喜とは幼馴染みで親友で、この関係はずっと続いていくって信じていたけど。
本当はもうとっくに、壊れてしまっていたのかもしれない。