中学２年生の時の、2月14日のバレンタイン。
漫画では、女子はドキドキ、男子はソワソワしてるのが定番だけど、生憎現実ではチョコを渡して「好きです付き合ってください」なんて生徒はほとんどいない。
それよりも、仲の良い者同士でチョコを交換し合う友チョコこそが、私達の学校では主流だった。
私も例にもれずに、この日は駄菓子屋で買った1個30円もしない四角い小型のチョコを大量に用意して、友達と交換しあってたんだけど。
ソレが起きたのは放課後、学校からの帰り道のこと。
交換したたくさんのチョコレートを鞄に入れて、上機嫌で帰っていたの。
そしてその時隣にいたのが、辰喜だ。
「いやー大量大量！ 今夜はたっぷりチョコが食べられるなー」
「女子は盛り上がってたもんな。ずいぶんたくさん交換してたみたいだけど、いくつくらいあるの？」
「えーと、10以上あったはずだけど、分かんないなあ。あ、そうそう。これ、辰喜の分ね」
言いながら鞄の中から、包装された四角い一口サイズの小さなチョコレートを取り出して、辰喜に差し出す。
実はまだ、辰喜にはあげていなかったんだよね。
すると彼は、驚いたように目を丸くする。
「俺にもくれるの？」
「うん。嫌ならいいけど」
「嫌じゃないって。ありがとう、彩」
嬉しそうな、ホクホクの笑顔を見せる辰喜。
本当は、もっと早くに渡したかったんだけどさ。そうなると周りの目が気になるわけよ。
だって周りの連中ときたら、辰喜にはあげたかとか、本命なのかとか、やたらと聞いてくるんだもん。
どうやらみんな、私と辰喜の仲を怪しんでいるみたいなんだよね。
家が近所で、男子の中では一番仲がいいからかな。今日こそ、チョコを渡して告白……なんて甘い展開を、想像してたみたい。
いやいや、無いから。そりゃあ辰喜とはそれなりに仲いいけど、そんなんじゃないって。
コイツとは友達だから、トーモーダーチ！
とはいえ周りが変に期待してる中で、友チョコとはいえチョコなんてあげたら、何を言われるか分からない。
それが嫌だからこうして二人きりになるまで渡せずにいたんだけど……。
チョコを受け取った辰喜は、おもむろに自分の鞄を開けると、何かを取り出してきた。
「それじゃあ……これは俺から」
「え？」
差し出してきたそれを見て、今度は私が目を丸くする番。
辰喜が手にしているのは、綺麗にラッピングされた長方形の包み。チョコレートだって、一目でわかった。
だけど私があげたような、安い駄菓子のチョコレートじゃない。私たちが普段おやつで食べるものよりもどう考えても高めなやつだって、一目でわかった。
これって、お返しの友チョコ？ いや、それにしちゃチョコのランクが違いすぎるでしょ。
私ってば、海老で鯛を釣っちゃったの？
「いやいや、さすがにこれは受け取れないよ」
「それは、どうして？」
「どうしてって、これどう見ても高いじゃん。私があげたのの、50倍くらい値段しそうなんだけど。友チョコだって、相場ってものがあるじゃん」
どんなチョコが入ってるんだろう、食べたいなーって気持ちが、無いわけじゃないけど。
だからといって二つ返事で受け取れるほど、私は図太くないぞ。
すると辰喜はふと、真剣な目で私を見てくる。そして……。
「それじゃあ友チョコじゃなくて、本命だって言ったら、彩はもらってくれる？」
「えっ……」
「俺はずっと前から、彩のことが好きだから……付き合ってほしい」
……は？
はああああああっ!?
聞こえた言葉が信じられなくて、頭の中が真っ白になる。
こ、これって……こ、告白!? 嘘でしょ。だって相手は、辰喜なんだよ!?
辰喜は男子の中では……ううん、女子を合わせても、一番仲のいい友達。好きか嫌いかって言われたら、迷わず好きって答えられる。
だけどそれはあくまで友達のしての好き。でも辰喜が言った好きって言うのは……そういうこと、なんだよね？
辰喜がそんな気持ちでいるなんて、考えたこともなかった。
今まで他の友達から仲を疑われ、冷やかされる事があっても、そんなわけ無いって一蹴していたけど。
辰喜は、そうじゃなかったってこと？ ずっと前から好きだったって言ってたけど、ずっと前っていつ？
小１の夏に一緒に川遊びをして、二人ともずぶ濡れになってお母さんに怒られた時は？
４年生の時に大雪が降って、二人で雪合戦して遊んだ時は？
もしかしてその頃から、本当にずっと好きだったってとこ？
たくさんの思いが、頭の中でぐるぐると渦を巻いていく。
「どうなの、彩？」
黙ってしまった私に、辰喜が問いかけてくる。
ど、どどど、どうしよう。
私は……私は……。
「ご、ごめん……私、辰喜のことそんな風に、考えたことない……」
顔を伏せて目を反らしながら、素直な気持ちを口にした。
だ、だって、本当に、考えたことすら無いんだもの。
辰喜は親友で、何をするにも一緒。だけどそこに恋愛感情があったかって言われたら違って、言ってしまえばキョウダイみたいなもの。
なのにいきなり付き合ってなんて言われても、うん分かったなんて答えられないよ！
だから正直に答えてしまったけど。言った瞬間、辰喜の表情が曇った。
──っ！ ヤバ！
一瞬にして泣きそうになった辰喜を見て、自分の浅はかさに気づいて慌てる。
私のバカー！ 言うにしても、もっと言い方ってもんがあるでしょ！
だけど私が何か言うよりも先に、辰喜の方が表情を戻して喋りだす。
「そっか……。ああ、分かった。ゴメンな、変なこと言って」
「辰喜……私……」
「別に気にしなくていいよ。それじゃあ、行こうか」
差し出していたチョコを引っ込めて歩き出す辰喜は、振られた直後とは思えないくらいいつもの調子で。だけどさっき一瞬見せた泣きそうな顔が、頭に張り付いて離れなかった。
……私、辰喜のことを傷つけたんだよね。
辰喜の後を慌てて追いかけたけど、なんて声をかけたらいいのか分からない。
振ってしまったのは、間違いだったのかな？
だけど突然告白なんてされて、心の準備もできてないまま受けるなんてできないよ。
結局その後お互い何も喋らないまま、やがて私の家の前へと到着する。
「ねえ、辰喜……」
「ん、なに？」
「私達、これからも友達だよね……」
さっきのことを蒸し返すようで躊躇いがあったけど、聞かずにはいられない。
自分から振っといて何だって思われるかもしれないけど、決して辰喜のことが嫌いなわけじゃないし、やっぱり友達でいたかったから。
辰喜は一瞬黙ったけど、すぐにニッコリとした笑顔を作る。
「当たり前だろ。でなけりゃ俺だって困るって」
「そっか……そうだよね。ゴメン、変なこと聞いて」
「気にするなって。それじゃあ彩、また明日」
「うん……バイバイ」
小さく手を振る、いつも通りの挨拶。
まるでさっきの告白なんて、なかったみたい。
辰喜は平気そうに見えたけど、本当のところはどうなんだろう？
これまでは辰喜の考えてることなんて何でも分かるつもりでいたけど、今は何を考えているか、分からないよ。
もしかしたらこれまでだって、私は辰喜のことを、全然分かっていなかったのかもしれない。
だってずっと一緒にいたのに、辰喜の気持ちに全然気づいていなかったんだから。
辰喜のことは親友だって思っていたのに、大事なことを分かっていなかったなんて……。
唯一の救いは、辰喜はこれからも友達でいてくれるということ。
気にするなって言ってくれたんだし、本当に気にしない方がいいのかな？
今日のことなんて無かったことにして、今まで通り友達でいた方が。
たぶん辰喜だってそれを望んでいるから、あんなことを言ったんだろうし……。
よ、よーし決めた。辰喜とは今まで通り、友達として接していこう。
そう決めると、ようやく家の中へと引っ込んでいく。
今日はもらった友チョコに舌鼓を打つつもりでいたけど、そんな気分になれなくて。夕飯も途中で残して、お母さんに驚かれた。
それから自分の部屋に行ったけど、何をする気にもなれずにベッドで横になったけど、思い出すのは辰喜のことばかり。
辰喜は今、どんな気持ちでいるんだろうとか、受け取らなかったチョコレートは、今夜一人で食べたのかなとか、色んな事が頭を巡って、夜は中々眠れなかった。
だけど驚くことに次の日の朝、辰喜は何事も無かったみたいに、いつも通り挨拶をしてきたの。
朝霧の中、冷えた手を擦りながら学校に向かっていると、後ろから「おはよう彩」って声をかけられて、そこにはいつも通りの笑顔があって。
あまりに普段通り過ぎてかえってビックリしたけど、そんな彼を見て再び思う。
やっぱり、今まで通り友達でいるのが正解なんだって。
──やっぱり告白のことなんて、忘れた方がいいのかも？
親友であり続ける。今の関係を壊さないのが、きっと最善なんだ。そう、この時は思ってたけど……。
私は全然、何も分かっていなかった。
私達の意思に関わらず、関係は崩れることがある。ずっと変わらずいられるものなんて、無いんだってことを……。
漫画では、女子はドキドキ、男子はソワソワしてるのが定番だけど、生憎現実ではチョコを渡して「好きです付き合ってください」なんて生徒はほとんどいない。
それよりも、仲の良い者同士でチョコを交換し合う友チョコこそが、私達の学校では主流だった。
私も例にもれずに、この日は駄菓子屋で買った1個30円もしない四角い小型のチョコを大量に用意して、友達と交換しあってたんだけど。
ソレが起きたのは放課後、学校からの帰り道のこと。
交換したたくさんのチョコレートを鞄に入れて、上機嫌で帰っていたの。
そしてその時隣にいたのが、辰喜だ。
「いやー大量大量！ 今夜はたっぷりチョコが食べられるなー」
「女子は盛り上がってたもんな。ずいぶんたくさん交換してたみたいだけど、いくつくらいあるの？」
「えーと、10以上あったはずだけど、分かんないなあ。あ、そうそう。これ、辰喜の分ね」
言いながら鞄の中から、包装された四角い一口サイズの小さなチョコレートを取り出して、辰喜に差し出す。
実はまだ、辰喜にはあげていなかったんだよね。
すると彼は、驚いたように目を丸くする。
「俺にもくれるの？」
「うん。嫌ならいいけど」
「嫌じゃないって。ありがとう、彩」
嬉しそうな、ホクホクの笑顔を見せる辰喜。
本当は、もっと早くに渡したかったんだけどさ。そうなると周りの目が気になるわけよ。
だって周りの連中ときたら、辰喜にはあげたかとか、本命なのかとか、やたらと聞いてくるんだもん。
どうやらみんな、私と辰喜の仲を怪しんでいるみたいなんだよね。
家が近所で、男子の中では一番仲がいいからかな。今日こそ、チョコを渡して告白……なんて甘い展開を、想像してたみたい。
いやいや、無いから。そりゃあ辰喜とはそれなりに仲いいけど、そんなんじゃないって。
コイツとは友達だから、トーモーダーチ！
とはいえ周りが変に期待してる中で、友チョコとはいえチョコなんてあげたら、何を言われるか分からない。
それが嫌だからこうして二人きりになるまで渡せずにいたんだけど……。
チョコを受け取った辰喜は、おもむろに自分の鞄を開けると、何かを取り出してきた。
「それじゃあ……これは俺から」
「え？」
差し出してきたそれを見て、今度は私が目を丸くする番。
辰喜が手にしているのは、綺麗にラッピングされた長方形の包み。チョコレートだって、一目でわかった。
だけど私があげたような、安い駄菓子のチョコレートじゃない。私たちが普段おやつで食べるものよりもどう考えても高めなやつだって、一目でわかった。
これって、お返しの友チョコ？ いや、それにしちゃチョコのランクが違いすぎるでしょ。
私ってば、海老で鯛を釣っちゃったの？
「いやいや、さすがにこれは受け取れないよ」
「それは、どうして？」
「どうしてって、これどう見ても高いじゃん。私があげたのの、50倍くらい値段しそうなんだけど。友チョコだって、相場ってものがあるじゃん」
どんなチョコが入ってるんだろう、食べたいなーって気持ちが、無いわけじゃないけど。
だからといって二つ返事で受け取れるほど、私は図太くないぞ。
すると辰喜はふと、真剣な目で私を見てくる。そして……。
「それじゃあ友チョコじゃなくて、本命だって言ったら、彩はもらってくれる？」
「えっ……」
「俺はずっと前から、彩のことが好きだから……付き合ってほしい」
……は？
はああああああっ!?
聞こえた言葉が信じられなくて、頭の中が真っ白になる。
こ、これって……こ、告白!? 嘘でしょ。だって相手は、辰喜なんだよ!?
辰喜は男子の中では……ううん、女子を合わせても、一番仲のいい友達。好きか嫌いかって言われたら、迷わず好きって答えられる。
だけどそれはあくまで友達のしての好き。でも辰喜が言った好きって言うのは……そういうこと、なんだよね？
辰喜がそんな気持ちでいるなんて、考えたこともなかった。
今まで他の友達から仲を疑われ、冷やかされる事があっても、そんなわけ無いって一蹴していたけど。
辰喜は、そうじゃなかったってこと？ ずっと前から好きだったって言ってたけど、ずっと前っていつ？
小１の夏に一緒に川遊びをして、二人ともずぶ濡れになってお母さんに怒られた時は？
４年生の時に大雪が降って、二人で雪合戦して遊んだ時は？
もしかしてその頃から、本当にずっと好きだったってとこ？
たくさんの思いが、頭の中でぐるぐると渦を巻いていく。
「どうなの、彩？」
黙ってしまった私に、辰喜が問いかけてくる。
ど、どどど、どうしよう。
私は……私は……。
「ご、ごめん……私、辰喜のことそんな風に、考えたことない……」
顔を伏せて目を反らしながら、素直な気持ちを口にした。
だ、だって、本当に、考えたことすら無いんだもの。
辰喜は親友で、何をするにも一緒。だけどそこに恋愛感情があったかって言われたら違って、言ってしまえばキョウダイみたいなもの。
なのにいきなり付き合ってなんて言われても、うん分かったなんて答えられないよ！
だから正直に答えてしまったけど。言った瞬間、辰喜の表情が曇った。
──っ！ ヤバ！
一瞬にして泣きそうになった辰喜を見て、自分の浅はかさに気づいて慌てる。
私のバカー！ 言うにしても、もっと言い方ってもんがあるでしょ！
だけど私が何か言うよりも先に、辰喜の方が表情を戻して喋りだす。
「そっか……。ああ、分かった。ゴメンな、変なこと言って」
「辰喜……私……」
「別に気にしなくていいよ。それじゃあ、行こうか」
差し出していたチョコを引っ込めて歩き出す辰喜は、振られた直後とは思えないくらいいつもの調子で。だけどさっき一瞬見せた泣きそうな顔が、頭に張り付いて離れなかった。
……私、辰喜のことを傷つけたんだよね。
辰喜の後を慌てて追いかけたけど、なんて声をかけたらいいのか分からない。
振ってしまったのは、間違いだったのかな？
だけど突然告白なんてされて、心の準備もできてないまま受けるなんてできないよ。
結局その後お互い何も喋らないまま、やがて私の家の前へと到着する。
「ねえ、辰喜……」
「ん、なに？」
「私達、これからも友達だよね……」
さっきのことを蒸し返すようで躊躇いがあったけど、聞かずにはいられない。
自分から振っといて何だって思われるかもしれないけど、決して辰喜のことが嫌いなわけじゃないし、やっぱり友達でいたかったから。
辰喜は一瞬黙ったけど、すぐにニッコリとした笑顔を作る。
「当たり前だろ。でなけりゃ俺だって困るって」
「そっか……そうだよね。ゴメン、変なこと聞いて」
「気にするなって。それじゃあ彩、また明日」
「うん……バイバイ」
小さく手を振る、いつも通りの挨拶。
まるでさっきの告白なんて、なかったみたい。
辰喜は平気そうに見えたけど、本当のところはどうなんだろう？
これまでは辰喜の考えてることなんて何でも分かるつもりでいたけど、今は何を考えているか、分からないよ。
もしかしたらこれまでだって、私は辰喜のことを、全然分かっていなかったのかもしれない。
だってずっと一緒にいたのに、辰喜の気持ちに全然気づいていなかったんだから。
辰喜のことは親友だって思っていたのに、大事なことを分かっていなかったなんて……。
唯一の救いは、辰喜はこれからも友達でいてくれるということ。
気にするなって言ってくれたんだし、本当に気にしない方がいいのかな？
今日のことなんて無かったことにして、今まで通り友達でいた方が。
たぶん辰喜だってそれを望んでいるから、あんなことを言ったんだろうし……。
よ、よーし決めた。辰喜とは今まで通り、友達として接していこう。
そう決めると、ようやく家の中へと引っ込んでいく。
今日はもらった友チョコに舌鼓を打つつもりでいたけど、そんな気分になれなくて。夕飯も途中で残して、お母さんに驚かれた。
それから自分の部屋に行ったけど、何をする気にもなれずにベッドで横になったけど、思い出すのは辰喜のことばかり。
辰喜は今、どんな気持ちでいるんだろうとか、受け取らなかったチョコレートは、今夜一人で食べたのかなとか、色んな事が頭を巡って、夜は中々眠れなかった。
だけど驚くことに次の日の朝、辰喜は何事も無かったみたいに、いつも通り挨拶をしてきたの。
朝霧の中、冷えた手を擦りながら学校に向かっていると、後ろから「おはよう彩」って声をかけられて、そこにはいつも通りの笑顔があって。
あまりに普段通り過ぎてかえってビックリしたけど、そんな彼を見て再び思う。
やっぱり、今まで通り友達でいるのが正解なんだって。
──やっぱり告白のことなんて、忘れた方がいいのかも？
親友であり続ける。今の関係を壊さないのが、きっと最善なんだ。そう、この時は思ってたけど……。
私は全然、何も分かっていなかった。
私達の意思に関わらず、関係は崩れることがある。ずっと変わらずいられるものなんて、無いんだってことを……。
