「え、あれ、逢坂くん泣いてる? ……なぁんだ、やっぱり卒業、寂しいんじゃん」
「……そうかもな」
僕の珍しく素直な答えに満足したように頷いた彼女は、僕の髪に付いていたらしい桜の花びらを摘まみ、滲んだ世界の向こうで微笑む。
「へへ、お揃いだね。……ねえ、至くん」
「……なに、初香ちゃん」
「わたしの夢、もう叶わないけど……最後だしさ、叶ったふり、手伝ってくれない?」
不意に耳に届いた、懐かしい呼び名。そして鮮明に浮かぶのは、幼い頃から変わらない彼女の、そして僕の夢を語ったあの日のこと。
つられたように呼び返しながら、あの日もちょうど、こんな風に桜の雨の降る春だったと思い出す。
「最後……叶った、ふり……?」
夢は、未来にあるものだ。進む時間のない彼女の夢は、もう叶うことはない。当然のようにそこにあるものとして思い描いていたものが、二度とかたちを帯びることなく霧散する。
あまりにも自然に目の前に居る彼女のその言葉に、あらためて現実を自覚した僕は、涙が溢れるのを必死に堪えながら首を振った。
「……だめだ」
「えー、いいじゃん……ちょっとだけ」
「だめだ。ふりなんかには、しない」
「え……?」
漠然と、彼女に直接触れようとすれば、幻のように一瞬で消えてしまう気がした。
それでも、彼女が桜の花びらには触れていることに気付いた僕は、舞うひとひらを捕まえ、深呼吸して彼女に差し出す。
「初香ちゃん、左手を出して」
「……? こう?」
「うん……これは、叶ったふりじゃない、新しい誓いだ」
僕は手にした桜の花びらを、差し出された彼女の薬指に乗せる。
指輪にしては頼りなく、けれどこの一瞬の彩りは永遠だ。
「これって……」
「初香ちゃん……僕は、今まで頼りなかったし、素直に言いたいことも言えなくて……まだまだ未熟で、卒業したって何も変わらない、中途半端な存在のままだ」
「そんなこと……」
「だから。これから、もっと頑張るから……きみを迎えに行く自信がつくまで、随分待たせちゃうけど……来世でこそ、僕のお嫁さんになってくれる?」
「……!」
「初香ちゃんの夢、世界一幸せなお嫁さん、だろ。絶対に僕が叶えるから……待ってて」
「……っ、うん……! ずっと、待ってるね……至くん」
「ありがとう……初香ちゃん。約束」
新たに交わした薄紅色の約束は、春風と共に舞い上がり、遠くの空に吸い込まれていく。
強い風に思わず目を閉じた、その一瞬。柔らかく温かな手が、指切りのようにそっと触れた気がした。
その温もりに導かれるようにそっと目を開けると、そこには既に彼女の姿はなくて、ただ無数の花びらが散っていた。今度こそ堪えきれない涙が視界を覆う。
「……約束、だからな」
あの日「卒業したくない」と泣いていた彼女は、降りしきる桜の雨の中で「卒業おめでとう」と笑っていた。
ならば僕も、悲しみや不安からは卒業して、笑顔で彼女を見送ろう。
ずっと目を逸らし続けた、彼女の居ない未来。そのさらに向こうを見据えて、ようやく僕は桜の木に背を向けて歩き出す。
いつか、どこかで巡り会えたなら。その時は、こんな綺麗な桜並木の下で僕らの夢を叶えよう。
薄紅色に誓った約束を胸に、僕は溢れる涙と共に、精一杯の笑みを浮かべた。
「……そうかもな」
僕の珍しく素直な答えに満足したように頷いた彼女は、僕の髪に付いていたらしい桜の花びらを摘まみ、滲んだ世界の向こうで微笑む。
「へへ、お揃いだね。……ねえ、至くん」
「……なに、初香ちゃん」
「わたしの夢、もう叶わないけど……最後だしさ、叶ったふり、手伝ってくれない?」
不意に耳に届いた、懐かしい呼び名。そして鮮明に浮かぶのは、幼い頃から変わらない彼女の、そして僕の夢を語ったあの日のこと。
つられたように呼び返しながら、あの日もちょうど、こんな風に桜の雨の降る春だったと思い出す。
「最後……叶った、ふり……?」
夢は、未来にあるものだ。進む時間のない彼女の夢は、もう叶うことはない。当然のようにそこにあるものとして思い描いていたものが、二度とかたちを帯びることなく霧散する。
あまりにも自然に目の前に居る彼女のその言葉に、あらためて現実を自覚した僕は、涙が溢れるのを必死に堪えながら首を振った。
「……だめだ」
「えー、いいじゃん……ちょっとだけ」
「だめだ。ふりなんかには、しない」
「え……?」
漠然と、彼女に直接触れようとすれば、幻のように一瞬で消えてしまう気がした。
それでも、彼女が桜の花びらには触れていることに気付いた僕は、舞うひとひらを捕まえ、深呼吸して彼女に差し出す。
「初香ちゃん、左手を出して」
「……? こう?」
「うん……これは、叶ったふりじゃない、新しい誓いだ」
僕は手にした桜の花びらを、差し出された彼女の薬指に乗せる。
指輪にしては頼りなく、けれどこの一瞬の彩りは永遠だ。
「これって……」
「初香ちゃん……僕は、今まで頼りなかったし、素直に言いたいことも言えなくて……まだまだ未熟で、卒業したって何も変わらない、中途半端な存在のままだ」
「そんなこと……」
「だから。これから、もっと頑張るから……きみを迎えに行く自信がつくまで、随分待たせちゃうけど……来世でこそ、僕のお嫁さんになってくれる?」
「……!」
「初香ちゃんの夢、世界一幸せなお嫁さん、だろ。絶対に僕が叶えるから……待ってて」
「……っ、うん……! ずっと、待ってるね……至くん」
「ありがとう……初香ちゃん。約束」
新たに交わした薄紅色の約束は、春風と共に舞い上がり、遠くの空に吸い込まれていく。
強い風に思わず目を閉じた、その一瞬。柔らかく温かな手が、指切りのようにそっと触れた気がした。
その温もりに導かれるようにそっと目を開けると、そこには既に彼女の姿はなくて、ただ無数の花びらが散っていた。今度こそ堪えきれない涙が視界を覆う。
「……約束、だからな」
あの日「卒業したくない」と泣いていた彼女は、降りしきる桜の雨の中で「卒業おめでとう」と笑っていた。
ならば僕も、悲しみや不安からは卒業して、笑顔で彼女を見送ろう。
ずっと目を逸らし続けた、彼女の居ない未来。そのさらに向こうを見据えて、ようやく僕は桜の木に背を向けて歩き出す。
いつか、どこかで巡り会えたなら。その時は、こんな綺麗な桜並木の下で僕らの夢を叶えよう。
薄紅色に誓った約束を胸に、僕は溢れる涙と共に、精一杯の笑みを浮かべた。