彼女との出会いは四歳だった。
『すみれ組の皆さん、入園おめでとう御座います。今日からよろしくね』
四歳の僕は落ち着きが無くて、いつもクレヨンを机から落としていた。一本使ったら、次のを使う前に仕舞えばいいのに。そんな時、いつも拾ってくれる女の子がいた。それが夏希だった。
『るいくん、またおとしてる』
『ありがと』
『きをつけないとだめだよ』
夏季は同じ年なのにお姉さんぶっていて、でもそんなところも可愛くて、そんな彼女が大好きだった。
『ブランコ、そんなにこいだらあぶないよ』
『へいきだよ。なつきちゃんもやってみなよ』
『いや』
運動があまり得意ではなくて、自分から進んで挑戦することはなかった。僕がブランコの速度を落とすと、夏希はようやく隣に来てブランコに腰かけてくれた。
『ゆっくりこいで、おはなししよ。そっちのほうがなつきはすき』
『うん、わかった』
結局、夏希の思い通りになってしまったけれども、僕はちっとも悔しくなかった。毎日が楽しくて仕方なかったんだ。
時には積み木の取り合いをして泣かせたこともあった。わざとじゃなかった。知らずに取ってしまったことに気付いて僕も泣いた。最後は笑って、二人で積み木をした。
あっという間の幼稚園は終わりを迎え、僕らは小学生になった。夏希は違う小学校ということを、僕は入学してから知った。
小学校も変わらず一緒だと思っていたので、さよならすら言えなかった。僕の最初の後悔だった。
入学して一週間、僕はそれまでの人生で一番暗い日々を送った。しかし六歳とはすぐに立ち直る生き物だったらしく、次の週には新しい友だちが出来ていた。家の近所に住む拓海だ。
『るい! 虫取り行こう!』
『いいよ』
拓海は夏希とは正反対の友だちだった。運動が好きで、家の中でじっとしていなくて、虫が大好きだった。
『セミだ』
虫取り網でセミを取るが、すぐに逃がす。二人ともすぐに死んでしまうものとエサを用意するのが難しいものは飼えない決まりになっていて、大人しくその指示に従っていた。
拓海はカブトムシを飼っている。この前見せてもらった時はカゴの中で飛んでいて、珍しい光景に随分驚かされた。僕の家は猫を飼っていたから捕まえた虫は全部逃がしていた。
『もうすぐさぁ、夏休みじゃん。そしたら、俺の家で一日中ゲームしよ』
『午前中は宿題しなきゃだめだよ』
『ちえっお母さんみたいなこと言う。分かったよ、午後遊ぼ』
『うん』
一時間程で拓海と別れる。拓海の家は共働きで、いつもおばあさんと二人で過ごしていた。遊びに行くとカルピスを入れてくれて、優しいおばあさんだった。そんなおばあさんが、僕たちが小学四年生になった年、足を骨折して入院した。
一番近い病院は混んでいたそうで、入院したのは隣町の病院だった。お世話になっているので、僕は拓海に付いていってお見舞いに行った。
そこでなんと、夏希と再会したのだ。
夏希はおばあさんとは違う階に入院していた。小児科の階だった。
『なつき! 久しぶり!』
『るい君!』
四年振りだったがすぐに分かった。全然変わっていなかった。笑顔の可愛い夏希のままだった。
パジャマ姿で状況を理解し、幼い僕はつい聞いてしまった。
『どこかケガしたの?』
夏希が首を振る。
『ううん、病気。ちょっと前から入院してるの』
『そうなんだ。早く治るといいね』
『ありがと』
僕は何も考えられていなかった。
今の僕ならもっと気の利いた言葉を投げかけられるだろうか。
『すみれ組の皆さん、入園おめでとう御座います。今日からよろしくね』
四歳の僕は落ち着きが無くて、いつもクレヨンを机から落としていた。一本使ったら、次のを使う前に仕舞えばいいのに。そんな時、いつも拾ってくれる女の子がいた。それが夏希だった。
『るいくん、またおとしてる』
『ありがと』
『きをつけないとだめだよ』
夏季は同じ年なのにお姉さんぶっていて、でもそんなところも可愛くて、そんな彼女が大好きだった。
『ブランコ、そんなにこいだらあぶないよ』
『へいきだよ。なつきちゃんもやってみなよ』
『いや』
運動があまり得意ではなくて、自分から進んで挑戦することはなかった。僕がブランコの速度を落とすと、夏希はようやく隣に来てブランコに腰かけてくれた。
『ゆっくりこいで、おはなししよ。そっちのほうがなつきはすき』
『うん、わかった』
結局、夏希の思い通りになってしまったけれども、僕はちっとも悔しくなかった。毎日が楽しくて仕方なかったんだ。
時には積み木の取り合いをして泣かせたこともあった。わざとじゃなかった。知らずに取ってしまったことに気付いて僕も泣いた。最後は笑って、二人で積み木をした。
あっという間の幼稚園は終わりを迎え、僕らは小学生になった。夏希は違う小学校ということを、僕は入学してから知った。
小学校も変わらず一緒だと思っていたので、さよならすら言えなかった。僕の最初の後悔だった。
入学して一週間、僕はそれまでの人生で一番暗い日々を送った。しかし六歳とはすぐに立ち直る生き物だったらしく、次の週には新しい友だちが出来ていた。家の近所に住む拓海だ。
『るい! 虫取り行こう!』
『いいよ』
拓海は夏希とは正反対の友だちだった。運動が好きで、家の中でじっとしていなくて、虫が大好きだった。
『セミだ』
虫取り網でセミを取るが、すぐに逃がす。二人ともすぐに死んでしまうものとエサを用意するのが難しいものは飼えない決まりになっていて、大人しくその指示に従っていた。
拓海はカブトムシを飼っている。この前見せてもらった時はカゴの中で飛んでいて、珍しい光景に随分驚かされた。僕の家は猫を飼っていたから捕まえた虫は全部逃がしていた。
『もうすぐさぁ、夏休みじゃん。そしたら、俺の家で一日中ゲームしよ』
『午前中は宿題しなきゃだめだよ』
『ちえっお母さんみたいなこと言う。分かったよ、午後遊ぼ』
『うん』
一時間程で拓海と別れる。拓海の家は共働きで、いつもおばあさんと二人で過ごしていた。遊びに行くとカルピスを入れてくれて、優しいおばあさんだった。そんなおばあさんが、僕たちが小学四年生になった年、足を骨折して入院した。
一番近い病院は混んでいたそうで、入院したのは隣町の病院だった。お世話になっているので、僕は拓海に付いていってお見舞いに行った。
そこでなんと、夏希と再会したのだ。
夏希はおばあさんとは違う階に入院していた。小児科の階だった。
『なつき! 久しぶり!』
『るい君!』
四年振りだったがすぐに分かった。全然変わっていなかった。笑顔の可愛い夏希のままだった。
パジャマ姿で状況を理解し、幼い僕はつい聞いてしまった。
『どこかケガしたの?』
夏希が首を振る。
『ううん、病気。ちょっと前から入院してるの』
『そうなんだ。早く治るといいね』
『ありがと』
僕は何も考えられていなかった。
今の僕ならもっと気の利いた言葉を投げかけられるだろうか。