「さすがは我が妹。見目麗しく聡明で、兄として鼻が高い」
「リーン兄さま! どうしてここに?」

 積みなおされた書類の奥に隠されていたソファーから、リーンハルトが体を起こした。どうやら、ソファーに寝そべっていたらしい。王がせっせと働いている背後で横になれるなんて、リーンハルトとパーシヴァルくらいなものだろう。
 パーシヴァルにいたっては、おそらく出来るだろうというだけで、実際に横になるようなことはしないだろう。王の間で呑気に寝そべれるのは、彼だけの特権だった。
 リーンハルトが背伸びをしながら立ち上がり、大あくびをする。若干こめかみ部分のプラチナブロンドが跳ねているところを見るに、それなりの時間横になっていたことがうかがえる。

「月に何度か、王に報告書を渡さないといけないんだ。ついでにアーチボルトにも渡したいものがあったから、王の間の警備を任されてるときに来れば一石二鳥だろ? そしたら、ロッティーが来るっていうじゃないか。なら、久しぶりに愛しい妹の顔を拝もうと思ってな」

 偶然が重なった結果だと流れるように説明するが、おそらく順番が違うのだろう。シャルロッテが今日王城に来ることを小耳にはさみ、ついでに王への報告をしに来たのだ。そこへたまたまアーチボルトの王の間の警備が重なったのだ。

「……まぁ、本当なら今日の警備は違う人の担当だったんだけど、妹の旦那の兄の奥さんの両親の娘の旦那の弟の妻が病気になったらしくて、急遽休みを取ったから代わりに来たんだ」

 大したことない病気だと良いねと、へにゃりとした笑顔で言うアーチボルトに、シャルロッテは小さくため息をつくと一つだけ質問を投げかけた。

「アーチボルトさん、お休みされているかたの妹さんはお元気ですか?」
「え? うん、元気だったよ。城下町の花屋で働いてるんだけど、今朝挨拶したから」

 なぜそんなことを聞くのかと不思議そうなアーチボルトの視線から逃れるように顔を背け、リーンハルトを睨む。たまたまアーチボルトが王の間の警備だったのではなく、仕組まれた必然だったのだ。
 シャルロッテの非難の眼差しを受けても、リーンハルトは涼しい顔をしてそっぽを向くだけだった。

(でも、アーチボルトさんもアーチボルトさんだわ。妹さんの旦那さんまでは身内としても、さらにその兄弟の奥さんの両親までいったら、会ったこともないでしょうに)

 人が良いにもほどがある。アーチボルトが今回のように、適当な嘘で面倒ごとを抱え込んでいなければ良いがと案じるが、彼の妹はあのハイデマリーだ。好き好んで彼女の不興を買いたい者はいないだろう。

「リーン兄さまがアーチボルトさんと個人的なやり取りがあったなんて、少し意外だったわ」

 どちらかと言えば、コンラートのほうがアーチボルトと親しくなれそうな性格をしているのに。そんな気持ちを込めて二人を見比べていると、アーチボルトが困ったような笑顔を浮かべながら懐から一枚の紙を取り出した。
 手渡されたそれを開いてみれば、日付と地名が淡々とつづられていた。一番古い日付は一か月前のもので、最新は三日前だ。いくつか知らない地名もあったが、知っているものは全て南方のマールグリッドにある町の名前だった。

「これは?」
「ウーゴがいたらしき場所と日付だよ。ぺルラが亡くなった後から探しているんだけど、なかなか居場所がつかみきれなくてね……」

 アーチボルトとハイデマリーの乳母ぺルラの一人息子であるウーゴは、未だに母の死を知らずにいる。気の向くままに旅を続ける彼の行き先を知ることは、さすがの王国騎士団でも難しいようだった。
 しんみりとした空気を察して、アーチボルトはそそくさと紙を折りたたんで懐に入れると、気を取り直すような明るい笑顔でシャルロッテを見下ろした。

「ところで、シャルロッテちゃんは王に用事があるんだよね?」
「えぇ、王か……」

 王冠の宝石についてと言いかけて、シャルロッテはふとあることに気づくとリーンハルトとアーチボルトに目を向けた。

「リーン兄さまは確か、初級の宝石学を専攻してましたよね?」
「アーチボルトも宝石学を専攻してたぞ」

 シャルロッテが何を言いたいのか悟ったリーンハルトが、道連れを作るべくそんな告げ口をする。今まで黙って成り行きを見守っていたクリストフェルも、シャルロッテの意図に気づいていた。
 ただ一人、何も知らないアーチボルトだけが無垢な笑顔で「中級も履修したよ」とどこか誇らしげに言っていた。

「それは頼もしいです」

 一言そう言って、シャルロッテはリーンハルトとアーチボルトの腕を掴んだ。
 クリストフェルと二人で宝石を選ぶことは荷が重いと思っていたため、まさに渡りに船だった。