シャルロッテだって、つい数日前まではクリストフェルの王冠について考えることはなかった。
 もしも王妃として彼の隣に立つ未来があったならば、リーデルシュタイン王の王冠と王妃のティアラは対になっていなければならないという決まりがある以上関わらなければならなかったが、今となっては王の王冠がどのようなものであったとしてもシャルロッテには関係のないことだ。
 それにもかかわらず今、王城へと通じる門を通っているのは、フォルミコーニ家へ訪れるためだった。
 パーシヴァルが言っていた“フォルミコーニ家へと赴く予定”と言うのが、クリストフェルの王冠を飾る宝石に関しての交渉だったからだ。

 フォルミコーニ子爵の治める領地には、上質な宝石が採れる鉱山が複数あった。王都からかなり遠く辺鄙な場所にあるフォルミコーニ子爵領は、都市から離れている分自然が豊かで大小さまざまな山が点在していた。領民のほとんどが採掘を生業としており、諸外国と貿易をする際の通貨である金銀銅も豊富に採れた。
 王家の人々が身に着ける宝石のほとんどがフォルミコーニ子爵領で採れたもので、王冠を彩る宝石も例に漏れない。先王の王冠で輝いていた宝石も、祭事用の王冠のそれも、全てフォルミコーニ子爵領産だった。

「王冠を作る際、事前にフォルミコーニ子爵に必要な宝石を頼んでおくんです。子爵の持つ鉱山からは豊富な宝石が採掘できますが、色や形を希望通りに揃えるのはなかなか大変なため、余裕をもって頼むのが常なのですが……」

 あの日、パーシヴァルはそこまで言うと苦虫を噛み潰したような表情で眉根を寄せた。激しい苦悩の表情は彼にしては珍しいもので、何があったのかと聞かざるを得ないほどだった。

「実は、未だにどんな宝石にするのか決まっていないんです」
「決まっていないって、なんでまた……」
「シャルロッテ様は、宝石言葉ってご存知ですか?」
「えぇ、もちろん。セフィアは愛情、クロテアは勇敢、アスロモアは慈愛。基本的な宝石言葉なら覚えているわ」
「……確か、そんな言葉だった気がします。えぇ、えぇ、シャルロッテ様がそうおっしゃるのならば、きっとそうなのでしょう」

 どうやらパーシヴァルは宝石言葉をよく知らないようだった。宝石の名前自体は教養のうちに入っても、宝石言葉となるとやや占い的な要素が含まれる。パーシヴァルのような人間には、馴染まないもののようだ。

「しかもあれ、色によって言葉が変わると聞いたのですが」
「そうね。セフィアは愛情って宝石言葉だけれど、赤のセフィアは情熱、青のセフィアは信頼になるわね」
「挙句の果てに、特定の宝石が近くにあるとさらに言葉が変わるらしいではないですか」
「赤のセフィアの隣に黒のクロテアがあると、裏切りって言葉になるわね。白のクロテアなら永遠、青のクロテアなら意味は変わらないわね」

 すらすらと諳んじるシャルロッテの顔を、パーシヴァルが絶望の表情で見つめる。

「意 味 が 分 か ら な い」

 心の底から吐き出される嘆きに、シャルロッテは思わず噴き出した。

「興味のない人からすれば、なかなか覚えられるものではないわよね」
「一つ一つの宝石に言葉があること自体は理解できます。色によって言葉が変わるのも許容範囲です。ただ、隣り合った宝石によって変わる必要性があるのか、それが分からないのです」

 シャルロッテだって、理解できるか否かと聞かれれば、否と答えるだろう。この手のことは、頭で理解しようとしてはいけないのだ。

「宝石言葉から宝石を選んでも、配置の関係で悪い意味になるから変えなさいと言われ、別の宝石にすればそれは先々代が使っていたから駄目ですと言われ。それならどんな宝石が良いのか教えてほしいと言っても、それは致しかねますと言われ」

 王城に出入りしている宝飾職人たちは、王の考えに対して適切な助言を行うのが仕事であって、提言は越権行為に当たると考えられている。どれだけ王とその付き人が宝石について疎く、長考しても妙案が浮かばなかったとしても、適切な宝石がどれかを教えてくれることはないのだ。
 宝石言葉に対しての鬱憤を吐き出して落ち着いたのか、パーシヴァルは深いため息をつくと肩を落とした。

「そんなこんなで、フォルミコーニ子爵にはだいぶ待っていただいているのです。しかし、これ以上長引けば王冠が出来上がるのが遅くなるばかりで……」

 パーシヴァルの瞳が、シャルロッテに向けられる。顔自体は俯いているため、必然的に上目遣いになっていた。
 その表情から、シャルロッテは彼が何を言いたいのか分かっていた。

「お力をお貸し願えませんか、シャルロッテ様?」