結局リリィの熱意に押される形で、フォルミコーニ家へは彼女とシャルロッテの二人で訪問することが決まった。パーシヴァルも同行する手段をあれこれと考えていたようだが、リリィが一言で切って捨てた。

「パーシヴァル様がいると、メイドたちに話を聞きにくいです。率直に言えば、邪魔です」

 鋭すぎるリリィの発言を受けて、パーシヴァルは降参の意を表すように両手を顔の横にあげると力なく首を振った。

「分かりました。私は大人しくお留守番してます」
「別にここにいる必要はないのだから、一度城に戻ってみたら?」

 パーシヴァルがコルネリウス家にいるのは、簡単に言えばシャルロッテの監視のためだ。
 王国騎士団長の兄二人と共謀して王国に反旗を翻すことが無いよう目を光らせるために滞在しているはずなのだが、何故か最近は本業を忘れてメイド業に励んでいるように見受けられる。
 このあたりで本来の役目を思い出すために帰城をすすめてみるが、パーシヴァルはとんでもないと言うように目を見開いた。

「何言ってるんですか、シャルロッテ様がいらっしゃらないからこそ、ベッド周りの洗濯が捗るのではないですか! シーツは毎日洗い立ての物に交換していますが、マットレスはなかなか洗濯できませんからね。フォルミコーニ家に行くなら日帰りは出来ませんし、どれほど短くても二日はお帰りにならないはず。ベッド周りは当然として、ついでにクローゼットの中の物も点検しましょう。小物や靴は磨きなおして……」

 あれこれと、シャルロッテが不在の間にやりたいことを数え上げていく。
 裏庭の手入れや館自体の清掃、普段は見過ごしがちな隙間まで徹底的に手を入れると意気込むパーシヴァルだったが、どう考えてもおかしい。

「パーシヴァル、あなたがやる必要はないでしょう?」
「もちろん、私がすべてをやるわけではありませんよ。使用人たち皆が協力しないと終わりませんからね」
「そう言うわけではなくて。あなたはコルネリウス家の使用人ではないのだから」
「今は使用人ですよ。ねえ?」

 同意を求めるように、リリィに目を向けながらコテンと首を傾げて見せる。その仕草が妙にあざとく見えて、シャルロッテは自然と寄った眉間のシワを指先でなぞった。

「そうですよ! お嬢様、パーシヴァル様はかなり優秀なんですよ!」
「仕事が出来るか否かは関係ないのよ」
「関係ありますよ! パーシヴァル様の淹れる紅茶はあたしが淹れるものよりも断然美味しいですし、お掃除だって、あたしは丸く掃除する派なんですけど、パーシヴァル様は四隅まできちんと掃除する派ですし、お皿だってあたしは結構な頻度で割りますが、パーシヴァル様は一度たりとも割ったことが無いんですよ!」

 リリィが鼻息荒くそう熱弁するが、パーシヴァルの優秀さよりも彼女のポンコツさのほうがシャルロッテの記憶には残った。
 心なしかズキズキと痛み始めた頭に手を当てながら、シャルロッテは諦めたように首を振るとため息交じりに呟いた。

「良いわ、後でマンフレットに言っておくから」

 コルネリウス家で働くすべての使用人を束ね、規則や規律に厳しい彼ならばきっと彼のことを説得してくれるだろうと期待したのだが、まるでこうなることを見越していたかのように、パーシヴァルはコルネリウス家と期限付きの使用人契約を交わしていたのだった。
 契約では、特段の事情や本人の意思によって数日の休暇を取得することができるとあるが、今回は本人も望んでおらず特段の事情にも当たらないため、パーシヴァルはシャルロッテ不在の間もコルネリウス家でせっせとメイド業に励むことが決まったのだった。