「あの……シャルロッテ様……」

 遠慮がちにかけられた声に、シャルロッテは顔を上げた。ダリミルが何かを確かめるように周囲に視線を向け、やや声を落として途切れた言葉の先を続ける。

「エリザがどこにいるのか、ご存知ではないですか? シャルロッテ様がお見えになっているのに、姿を現さないような人ではないはずなのですが……」
「エリザさんなら、ドレスに水をこぼしてしまって着替えをしている最中なんです」

 シャルロッテの答えに、ダリミルが安堵したように口元を緩めた。

「そうですか、それなら良かった。てっきり、具合でも悪いのかと。……それにしても、エリザは本当にそそっかしいですね。シエラが天真爛漫で無邪気な分、エリザがしっかり者のように見えますが、実際はなかなかのうっかり者でミスすることが多いんですよ」

 柔らかな微笑みを浮かべながら、ダリミルが流れるように話し出す。弾むような楽し気な口調は、普段の彼のそれとは明らかに違っていた。

「すみません、お待たせしました」

 エリザがそう言って、焦った様子でこちらに走ってくる。自室から走ってきたのか、息が少し上がりその頬にも朱がさしていた。

「あら? シエラはどこに行ったの?」
「パーシヴァル様が連れて行ってしまったんだよ。何か聞きたいことがあるとかで」
「そうなの。それじゃあ、ダリ君がシャルロッテ様のお相手を?」
「いや、むしろお話していただいたのは俺のほうで……」

 話し続けるダリミルの横顔を見上げる。上がり気味の口角とは対照的な下がり気味の目尻に、慈しむような優しさをたたえた瞳。ジっと相手を見つめたまま話すその表情は、ブリュンヒルデと話している時のリーンハルトや、ヴァネッサと話している時のコンラートのそれとよく似ていた。
 愛しい人を前にした時に見せる自然な表情。そこには、幼馴染に対する愛情以上のものが見て取れた。

「……テ様、シャルロッテ様? どうかなさいましたか?」

 エリザが心配そうな表情でシャルロッテの顔を覗き込む。彼女の体から、ふわりと甘い香りが漂ってきた。
 特別に作ってもらったと思しきその香水は、幾重にも花が広がるような重厚な香りで、少し嗅いだだけで高級なものだと分かった。
 シャルロッテがこの屋敷を訪れたときとは違う香りだった。先ほど着替えたときに変えたのだろう。

(特別な人に会う時だけに纏う、特別な香水……)

 シャルロッテの鼻先を、久しく使っていないあの香水の香りが掠めたような気がした。