あまり交流のないエッゲシュタイン姉妹のもとへと訪れる理由をどんなものにすれば良いのか、シャルロッテは悩んでいた。まさか彼女たちに、クリストフェルとの婚約が半年後に破棄される予定だと告げることは出来ない。
 婚約破棄については、政権の中枢にいるごく僅かな貴族たちと、シャルロッテの家族および数名の友人たちしか知らないのだ。両親とほぼ顔を合わせることのないハイデマリーは当然として、家族仲の良いシルヴィですらも誰にも伝えていない。
 どうすれば余計な詮索を受けることなく、自然な流れで訪れることができるのか。あれこれと悩むシャルロッテに、ブリュンヒルデが提案したのが、姉妹にドレスの制作を依頼するというものだった。


 エッゲシュタイン子爵領は王都の中心部からかなり外れた場所にあり、海に面してはいないが素晴らしく透き通った小さな湖が一つだけあった。領土は起伏に富んでおり、都市部以外の場所は鬱蒼とした森が広がっていた。
 森は人の手が入っていない場所が多く、地面を覆うように生えた苔や雑草が足元を隠し天然の罠を作っていた。凹凸の激しい地形は、大小さまざまな落とし穴をいくつも作っている。緑の絨毯を不用意に踏み抜いた先に、地面があるのかどうかは分からないのだ。

 そんな危険な森とは違い、都市部は古き良きリーデルシュタイン王国の面影を今もなお残していた。初代国王時代からある建物もいくつか現存しており、それ以外もエリザ聖戦時に破壊され、マティルダ女王の援助で建て直したものばかりだ。
 時が止まったかのような錯覚に陥る町は、今でこそ活気づいているが、一昔前まではゴーストタウンのような有様だったと聞く。

 平地の少ないエッゲシュタイン領では広い農地を確保することが難しく、極度に水はけの悪い土は農業には向いていなかった。
 年間降水日が少ない代わりに、一度雨が降ると数日は降り続く。濡れた土は粘土のように固まり、乾くまでに何日もかかった。

 王都からも遠く、特産品もない貧しい町を変えたのは、危険な森に生える数々な固有植物たちだった。
 長い間人を寄せ付けず独自の進化を遂げた植物たちは、他では見られないような色形をしていた。その色合いの美しさに気が付いたのは、一人の若い画家だった。
 彼は美しい草花の色をなんとか絵の具にできないかと試行錯誤したのだが、紙の上ではうまく色が乗らなかった。ならばと、試しに持っていた白い布を煮出した染料に浸してみたところ、驚くほど見事な色に染まった。
 いずれ幻想画家として名を馳せることになる彼は、草花染めの技術を伝えるとそっと町を後にした。

 当時のエッゲシュタイン当主はすぐにこの布の価値に気づくと、積極的に支援をした。美しい布の噂は瞬く間に国内外へと広まり、洋裁師たちが集まってくるようになった。
 こうしてエッゲシュタイン領は、洋裁の町として有名になったのだった。


「けれど、洋裁の町とは言っても、貴族や王族は布を買いに来て、それから先は自分のところのデザイナーに頼るばかり。いくらうちの町のデザイナーが素晴らしいデザインを考えても、所詮は庶民の服を作るデザイナーのものだからとあしらわれてしまうんです」

 エッゲシュタイン領の歴史を語りながらシャルロッテの採寸をしていたエリザが、小さく溜息を吐いた。

「確かに、布は高値で売れます。でも、あくまでも布は布。ドレスのほうがもっと高く売れるんです。……貴族や王族のドレスは特に」

 エリザが持っていた巻き尺をシャルロッテの腰に巻き、あまりの細さに感嘆の声を漏らした後で、悪戯っぽい笑顔を浮かべた。

「なので、わたくしたちがデザインすることにしたんです。これなら、庶民の服を作るデザイナーのデザインだからなどと言われることはないでしょう? こうして少しずつ布を売るだけの町から、ドレスを任せてもらえる町になりたいんです。ゆくゆくは、王族貴族のドレスを頼むなら我が町と言われるまでにしたいんです」