ダリミルの人となりを知る上で、ブリュンヒルデを頼ることは自然な流れだった。
 何度もダリミルと顔を合わせたことはあるが、個人的な話をしたことは数える程度しかない。それも、ブリュンヒルデを探す際、会話のない気まずさから逃れるためにかわした程度だ。
 そのときダリミルが読んでいた本の話をした記憶があるが、どんなタイトルだったのかもよく覚えていない。ただ、それが恋愛小説だったことは覚えている。ダリミルも恋愛小説を読むのだと、酷く驚いたからだ。
 そんなシャルロッテとは違い、ブリュンヒルデならば生徒会で顔を合わせる時間も長く、個人的な話をしたこともあるだろうと思ったのだが。

「えっと……ダリミル……クルハーネク?」

 目の前に座るブリュンヒルデが、カップを中途半端に持ち上げた形のまま固まった。紫色の瞳孔が緩やかに左へ流れ、上にあがり、シャルロッテの頭上を右へと通り過ぎていく。

「嘘でしょヒルデちゃん……嘘だよね……」

 あれほどまでに迷惑をかけたダリミルを覚えていないなどありえない。そんな気持ちを込めてじっとブリュンヒルデを見つめれば、右上へと向けられていた視線がゆっくりとシャルロッテの元に戻ってきた。

「い……イヤだなシャルロッテちゃん。流石に忘れるわけないですよ! ……あの……あれですよね……生徒会、の……確か……ふく……副、会長? ですよね……?」

 だいぶ記憶があやふやなようだが正解はしていたため、シャルロッテは無理やり細かい疑念からは目をそらした。結果として覚えていたのだから十分だと、自分に言い聞かせる。

「そうよ」
「うん、うん! 覚えてますよ! 副会長ですよね! 名前で呼ばず、副会長って呼んでいたのでちょっとピンとこなかったですが、副会長ならバッチリ覚えてますよ! ……あの……同い年で……その……眼鏡? を、かけていた……? 人? ……ですよね?」

 覚えていると力強く言ったわりには、眼鏡をかけていたということすら半信半疑な挙句、眼鏡のことしか記憶残っていないようだった。シャルロッテの胃が、急速に痛むのを感じる。

「その、副会長がどうかしましたか?」
「あ、うん。……ヒルデちゃんなら、どんな人だったかわかるかなって思って……」

 いたのだが、もう何も言わなくて良い。と、心の中で付け加える。これ以上、ブリュンヒルデがダリミルのことをあまり覚えていないという事実を突きつけられては、今度彼と顔を合わせたときに居たたまれない気持ちになりそうだったからだ。
 しかし、ブリュンヒルデはそんなシャルロッテの心情など知らず、何かを思い出すように目を伏せると口を窄めた。考え込んでいるとき、ブリュンヒルデがよくしている顔だった。

「副会長のことが知りたいなら、エリザさんに聞いてみたら良いと思いますよ」
「エリザさん?」
「エッゲシュタイン子爵家のエリザさんですよ。エッゲシュタイン子爵夫人と、クルハーネク子爵夫人は王立学校からの親友で、仲が良いんです。なので、副会長とエリザさんは幼馴染なんですよ」

 どうやらブリュンヒルデはあの短い時間で、ダリミルのことを思い出したらしい。キリキリと痛んでいたシャルロッテの胃が、少しだけ楽になる。

「エリザさんに会いたいなら、私で手配できますけど……でもなんで急に副会長のことが知りたいなんて言い出したんですか?」

 新しい婚約者を探すためにという言葉が喉元まで出かかるが、シャルロッテは紅茶と共に胃まで押し返すと、ただ曖昧に微笑んで返事を濁した。