「お嬢様、もしかして……ダリミル様がお嫌いなんですか?」

 無言でカップを握りしめるシャルロッテに、リリィが恐る恐る声をかける。
 シャルロッテは慌ててカップをソーサーに戻すと首を振った。

「そんなことないわ。ダリミルさんはとても良い人よ。ただ……」
「ただ?」
「彼のことを思い出すと、申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまって」
「シャルロッテ様、ダリミル様になにかしたんですか?」

 パーシヴァルが訝しむような視線を向けてくる。まさかという気持ちが半分、もしやという気持ちが半分といった表情だった。

「違うわ、私は何もしてないわよ。……私は、ね」
「それなら誰が……あぁ、なるほど……」

 言いかけたパーシヴァルが、何かに思い至ったように頷く。彼の耳にも、ブリュンヒルデの奇行は当然のように届いていたのだろう。ただ、表面上はダリミル他生徒会メンバーの尽力によりの仕事が滞りなく進められていたため、あまり問題視していなかっただけだ。
 王立学校の内情を知らないリリィだけが、一人納得できないような表情で首を傾げていたが、貴族社会には難しい問題がたくさんあるのだと、無理やり納得することにしたらしい。

「それなら、ダリミル様はお嬢様の婚約者候補になりますね」
「いえ、それは……」
「ダメですよ、お嬢様。良い男って言うのはすぐに売り切れるもんなんだから、買えるうちに買わなきゃって、隣のおばさんが言ってましたよ。ちなみに、良い女って言うのもすぐに売り切れてしまうそうなので、パーシヴァル様も買えるうちに買わないとですよ!」

 まさか話の矛先が自分に向くとは思ってもいなかったパーシヴァルが、目を白黒させながらゴクリと紅茶を飲む。気管に入ったらしく、激しくむせた後に目じりにたまった涙を人差し指でぬぐった。
 陸地で呼吸困難に陥ったパーシヴァルを心配しながらも、シャルロッテは心のメモ帳に、彼のテンポを崩すのにリリィは有効だとしっかり書き記しておいた。

「私のことは良いんです! 今はシャルロッテ様のことを考えるべきです!」
「でもパーシヴァル様だって、結婚を考えても良い年齢……そう言えば、この婚約者候補リストって、パーシヴァル様が作ったんですか?」

 物憂げな表情で耳元に手を当てていたパーシヴァルが、リリィの疑問に顔を上げる。黒髪の隙間から、真っ赤なピアスがチラリとのぞいた。

「私とクリストフェル王で作りました。情報収集は他の人々にお任せしましたが、このリストに載せるか否かは王と一緒に考えましたよ」

 クリストフェルが選んだ婚約者候補という言葉に、シャルロッテの胸がチクリと痛む。眉尻が下がりそうになるのを堪え、無理やり笑顔を作ると胸の前で一つ手を打った。

「クリストフェル様のご推薦なら、問題はないわね。……そうよね、半年後まで大人しく眺めていたら、素敵な人は素敵なご令嬢を見つけてしまうものね」
「そうですよお嬢様! 獲物は狩れるうちに狩らないとですよ!」

 力強く言うリリィに頷きつつも、シャルロッテは彼女の主人として苦言を呈した。

「ところでリリィ、その……男を買うとか女を買うとか、獲物を狩るとか、今後は言ってはダメよ」
「わかりました!」

 元気に返事をしたリリィだったが、実際は何一つ理解していなかった。
 後日彼女は“男性を購入する““女性を購入する”“相手を生け捕りにする”と言葉だけを変えて発言し、マンフレットの頭痛の種となるのだった。