ブリュンヒルデの優秀さはシャルロッテもよく知っており、その能力に関して異論をはさむつもりはないのだが、彼女は時々訳の分からないことを言っては暴走することがあった。特にシャルロッテが入学してしばらくは、誰かを探すのだと言って突然飛び出しては、まだ大丈夫だったと安堵の表情で呟きながら戻ってきていた。
 詳しくは話したがらなかったので深くは聞かなかったが、ブリュンヒルデは王立学校に突如現れるという魔女を探していたらしい。
 その魔女は、何の前触れもなく中庭に出現し、学校中に不幸をばらまくのだと言っていたが、そんなことはあり得ないのだ。

 魔法を操れる魔女と言えど、学校は結界で守られているため、何の痕跡もなく入り込むことは出来ない。仮に力業で結界を破ろうとしても、触れただけでアラートが鳴り響く。その瞬間に生徒たちは速やかに隔離され、侵入者が排除されて安全が確認されるまでは、幾重にも張られた結界の中から出られなくなる。
 無論、正規の手続きを経ればそんな危険を冒さずとも入ることができるが、その際は必ず生徒会に通達が来る。そのため、ブリュンヒルデが知らないうちに誰かが入ってくるということはまずないのだが、彼女は何度言っても、何かにとりつかれたように幻の魔女を追っていた。
 そんな脅迫概念からくる発作も、一年ほどたつと収まってきた。ブリュンヒルデが卒業するころにはもう、魔女のことを口に出さなくなっていた。

 それはそれで良かったのだが、たった一人だけ彼女の奇行に振り回され続けた人がいた。何を隠そう、それがダリミルだ。
 生徒会副会長である彼は、会長がいなくなるたびに学校中を走り回って彼女を探した。
 王立学校の生徒会は、下手をすると教職員よりも雑務が多かった。生徒の自主性に任せた校風で、勉学以外のことはほぼ全て生徒会の手にゆだねられていた。
 行事の進行も、生徒間でのもめ事も、全ては生徒会長の一存で決められていた。それは裏を返せば、何かを決める際は生徒会長の同意がなければならないということだった。
 今日中に判を押さなければならない書類があっても、大事な会議の途中でも、ブリュンヒルデは発作が起きると全てを投げ捨ててどこかへと走って行った。彼女を連れ戻すのは副会長ダリミルの役目で、シャルロッテのもとにはたびたび泣きそうな顔をした彼が走りこんできていた。

「すみませんシャルロッテ様、会長がどちらにいらっしゃるかご存じではありませんか?」

 何十回、何百回ときいたセリフを思い出す。最初のころは丁寧に尋ねていたダリミルも、次第に諦めと疲労が滲んでいった。

「すみませんシャルロッテ様、会長がまた脱走しました。行先に心当たりはありますか?」

 最終的には、こんなセリフに変わっていた。
 本をこよなく愛する物静かな少年が一年と経たないうちに、仕事に疲れた中年男性の哀愁を漂わせる様は、見ていて憐憫の情を覚えるほどだった。
 ブリュンヒルデが身内となった今、彼のことを思い出すと心の底から申し訳なさがわきでてくるのだ。