「あら? もうこんな時間じゃない!」
ハイデマリーが窓の外に目を向け、驚いたように目を丸くしている。
茶室の窓から見える空はオレンジに染まりつつあり、傾いた陽がテーブルの上のお菓子を柔らかく包んでいる。クラリッサがカチャリと音を立ててカップを置き、金の縁が光を受けて鋭く輝いた。
「大変! 今日は教会に行く日なの!」
「孤児院にも寄って行くの?」
「うん、むしろそっちがメインかな。うちの裏庭でね、野菜と果物がたくさん採れたの。教会と孤児院にお裾分けしようと思って」
焦った様子でクラリッサが立ち上がり、椅子がガタリと音を立てる。隣に座っていたパーシヴァルが眉をひそめながらも、椅子が倒れないように手を伸ばした。
「あ、ごめんねパーシヴァル君」
「孤児院の夕飯の仕込みまではまだ時間があるだろ? ここからさほど遠くないんだし……それほど焦らなくても十分間に合いますよ」
慇懃無礼とも取れるほどに丁寧な話し方を常としているパーシヴァルにしては、乱暴すぎる話し方だった。途中で妙な間をあけて元に戻ったが、常日頃からクラリッサに対してはそのような話し方をしているのだろうと推察するのには十分だった。
ハイデマリーがパーシヴァルの態度を注意しようとするが、シルヴィが話し出すほうがはやかった。
「孤児院の仕込み時間なんて、よく知ってるねヴァル」
「王の付き人として、当然の知識です」
「へぇー、さすがヴァル! でも、あたしはてっきり、メラニア孤児院のほうに行くんだと思ってたんだよね。そっちのほうが、クララの家に近いでしょう? ただ、今から行っても十分間に合う距離って言うならプリシラ孤児院のほうだよね? メラニア孤児院に行こうとしたら、結構遅くなっちゃうもんね。……あたしは、クララが定期的に孤児院や教会に食べ物を寄付してるのは知ってたけど、場所までは知らなかったな。……ヴァルは知ってたんだよね?」
シルヴィは、普段と変わらない無邪気な笑顔を浮かべていた。しかし金色に輝く瞳だけは、獲物をみつけた狩人のように少しも笑っていなかった。
射貫くような鋭さで、パーシヴァルの顔を見つめている。
「メラニア孤児院は、魔女からの施しは受けないわよ。あそこの今の司祭は、生粋の魔女嫌いじゃないの。我々の神は魔女をお作りにならなかったなんて、時代錯誤も甚だしいことを言っているくらいなんだから」
鼻にしわを寄せながら、ハイデマリーが忌々し気に顔を歪める。
「うわぁ、未だにそんなこと言ってる人いるんだ。魔女がいなかったら、リーデルシュタイン王国はなかったかもしれないのにね」
呆れたわと軽く言って、シルヴィが紅茶を一口飲んだ。細い指がカップの縁をゆっくりとなぞり、薄くついた口紅を指先でこする。
「でも、ヴァルは知らなかったんじゃない? 知ってたら、そんな顔しないよね」
ゾクリとするほど艶っぽい眼差しで、シルヴィがパーシヴァルを見据える。口角が吊り上がり、唇が三日月の形になる。薄く開いた唇の奥には真っ白な歯が並んでおり、真っ赤な舌先がチラリとのぞいていた。
いつもの無邪気さはどこにもなく、ゆっくりと唇を湿らせる舌は、蛇のそれを連想させた。
険しい表情で虚空を睨みつけていたパーシヴァルの目が、頼りなげに左右に揺れる。
ハイデマリーが窓の外に目を向け、驚いたように目を丸くしている。
茶室の窓から見える空はオレンジに染まりつつあり、傾いた陽がテーブルの上のお菓子を柔らかく包んでいる。クラリッサがカチャリと音を立ててカップを置き、金の縁が光を受けて鋭く輝いた。
「大変! 今日は教会に行く日なの!」
「孤児院にも寄って行くの?」
「うん、むしろそっちがメインかな。うちの裏庭でね、野菜と果物がたくさん採れたの。教会と孤児院にお裾分けしようと思って」
焦った様子でクラリッサが立ち上がり、椅子がガタリと音を立てる。隣に座っていたパーシヴァルが眉をひそめながらも、椅子が倒れないように手を伸ばした。
「あ、ごめんねパーシヴァル君」
「孤児院の夕飯の仕込みまではまだ時間があるだろ? ここからさほど遠くないんだし……それほど焦らなくても十分間に合いますよ」
慇懃無礼とも取れるほどに丁寧な話し方を常としているパーシヴァルにしては、乱暴すぎる話し方だった。途中で妙な間をあけて元に戻ったが、常日頃からクラリッサに対してはそのような話し方をしているのだろうと推察するのには十分だった。
ハイデマリーがパーシヴァルの態度を注意しようとするが、シルヴィが話し出すほうがはやかった。
「孤児院の仕込み時間なんて、よく知ってるねヴァル」
「王の付き人として、当然の知識です」
「へぇー、さすがヴァル! でも、あたしはてっきり、メラニア孤児院のほうに行くんだと思ってたんだよね。そっちのほうが、クララの家に近いでしょう? ただ、今から行っても十分間に合う距離って言うならプリシラ孤児院のほうだよね? メラニア孤児院に行こうとしたら、結構遅くなっちゃうもんね。……あたしは、クララが定期的に孤児院や教会に食べ物を寄付してるのは知ってたけど、場所までは知らなかったな。……ヴァルは知ってたんだよね?」
シルヴィは、普段と変わらない無邪気な笑顔を浮かべていた。しかし金色に輝く瞳だけは、獲物をみつけた狩人のように少しも笑っていなかった。
射貫くような鋭さで、パーシヴァルの顔を見つめている。
「メラニア孤児院は、魔女からの施しは受けないわよ。あそこの今の司祭は、生粋の魔女嫌いじゃないの。我々の神は魔女をお作りにならなかったなんて、時代錯誤も甚だしいことを言っているくらいなんだから」
鼻にしわを寄せながら、ハイデマリーが忌々し気に顔を歪める。
「うわぁ、未だにそんなこと言ってる人いるんだ。魔女がいなかったら、リーデルシュタイン王国はなかったかもしれないのにね」
呆れたわと軽く言って、シルヴィが紅茶を一口飲んだ。細い指がカップの縁をゆっくりとなぞり、薄くついた口紅を指先でこする。
「でも、ヴァルは知らなかったんじゃない? 知ってたら、そんな顔しないよね」
ゾクリとするほど艶っぽい眼差しで、シルヴィがパーシヴァルを見据える。口角が吊り上がり、唇が三日月の形になる。薄く開いた唇の奥には真っ白な歯が並んでおり、真っ赤な舌先がチラリとのぞいていた。
いつもの無邪気さはどこにもなく、ゆっくりと唇を湿らせる舌は、蛇のそれを連想させた。
険しい表情で虚空を睨みつけていたパーシヴァルの目が、頼りなげに左右に揺れる。