「ったく。それで、そのクリストフェルはどこにいるのよ?」

 睨み合いに飽きたのか、ハイデマリーが棘のある声でそう吐き捨て、周囲を見渡す。
 広い茶室には、パーシヴァルとシャルロッテ、クラリッサとシルヴィの姿もあるのだが、肝心のクリストフェルが見当たらない。

「クリストフェル君ならここにいるよ」

 クラリッサが自身の隣を指し示すが、丁度扉に隠れて見えていない。

「何そんなところに隠れてるんですか! さっさと入ってきてくださいよ!」

 パーシヴァルがうんざりした顔でため息をつきながら、大股で扉に近づきクリストフェルの腕を引っ張る。扉から引き出されたクリストフェルが、困惑した表情で「でも」と抗議の声を上げる。

「招かれてもいないのに部屋に入るのはどうかと……」
「部屋以前に、あなたこの家に招かれてないのに勝手に入って来てるじゃない」
「あ、いや……一応マンフレットさんの許可は取ったから」
「はあ? マンフレットはこの家の主人か何かなの?」

 ハイデマリーが呆れた顔で首を振る。幼い頃から彼女はクリストフェルに対しての当たりが強かったのだが、シャルロッテとの婚約破棄騒動によって、余計に拍車がかかっているように思う。
 なぜこんなにもクリストフェルに厳しいのかという疑問が頭をもたげたが、アーチボルトとクリストフェルの性格が少しばかり似ていると言う点に思い当たった後、あまり深く掘り下げるべきではないとの結論に至り、それ以上は考えることを止めた。シャルロッテは、一瞬でも新たな婚約者候補に彼女の名前を思い浮かべたことを反省すると、クリストフェルに詰め寄るハイデマリーに目を向けた。

「マリー、その辺にして」

 シャルロッテの制止に、ハイデマリーが口を噤む。感情のこもらない無機質な声音は、小さいながらも良く通った。
 誰もがはっと息を呑み、口を閉ざす中、シャルロッテはゆっくりとした足取りでクリストフェルの前まで歩み寄ると、両手でスカートの端を掴み、カーテシーをした。婚約者としてクリストフェルに会っていた時よりもさらに深く膝を曲げる。

「お久しぶりです、クリストフェル王。わざわざこのような場所までご足労いただき、誠に申し訳ありません。私としては、先日申し上げたことが全てです」

 真っすぐにクリストフェルを見つめる。最後に会ったときよりも心なしか痩せており、目の下にはうっすらとクマが出来ている。全体的に疲労がにじんでいるが、それが彼の美貌に物憂げな影を落としており、何とも言えない色気に繋がっていた。
 しかし、何年も見慣れたクリストフェルの顔に艶っぽさが加味されたからと言って、今更シャルロッテがときめくことはなかった。
 毅然とした態度で胸を張り、数日前に言ったセリフを再度口にする。

「シャルロッテ・コルネリウスは、クリストフェル・リーデルシュタインとの婚約破棄を受け入れます。だから……」

 すうっと息を吸い込み、お腹に力を込めて声を張り上げる。

「早く婚約破棄してくださいっ!!!」