シルヴィなりの精一杯の慰めに、シャルロッテがお礼を言おうとするが、ハイデマリーが口を開くほうが速かった。
「あんまりうまい例えじゃないわね、それ。だってシャルロッテは今もなお雷龍桃なんですから。今回は、雷龍桃の美味しさを理解できない味覚音痴がいたってだけよ」
ふんと鼻で笑ってから、ハイデマリーは勝気な瞳でシャルロッテを見据えた。
「どんなに素晴らしく価値のあるモノでも、正しく評価できない人間が見たら、ただのモノになるのよ。わたくしは、素晴らしいモノだけでなく、それを見極められる人間も等しく素晴らしいと常々思っているのよ。……つまり、シャルロッテが素晴らしいと認めているわたくしも、同じくらい素晴らしいってことよ!」
右手の甲を左頬にあて高笑いをするハイデマリーを、シルヴィが残念な人を見る目で見つめている。
「ソウダネ、ハイディがそう言うんなら、そうなんダロウネ」
「なんでそんな棒読みなのよ」
「ハイディって、普段は賢いのにたまに頭のネジが外れるよね」
「外れてないわよ。なに勝手に外してるのよ。元に戻しなさいよ」
ギャンギャンと言い争う二人を見て、それまで静かに絵を描いていたクラリッサが小さな笑い声をあげる。シャルロッテが予想していた通り、クラリッサは嫌な顔一つせずに新しいカードの作成を引き受けてくれた。
「全く、クラリッサにまで笑われたじゃないの! それもこれも、クリストフェルが悪いわ! ……まぁ、この間のパーティーでの件もあるし、しばらくは大目に見てあげるけれど」
「なにかあったの?」
シャルロッテの問いに、ハイデマリーは肩をすくめると「大したことじゃないのだけれどね」と前置きしてから話し始めた。
「お父様の仕事の関係で、ちょっとした集まりがあったの。わたくしはご令嬢がたのお相手をしたんだけれど、昔話に花が咲いてね。ついつい、クリストフェルがうちの庭で迷子になって、番犬に追われて大泣きした話をしたのよ」
ほんの少しばかり口が滑ってしまったのと、悪びれもせずに言い放つ。
「あっ! それ、あたしも聞いたよ! ハイディが噂の大元だったのかあ。……ズボン噛まれて脱げて、お尻丸出しのまま号泣してたんでしょ?」
「あら? そこまで細かく言ってたかしら?」
すました顔で驚いたように目を見開いているが、ハイデマリーのことだ、絶対に事細かに話したのだろう。
「王様にもそんな愛らしい時があったんですねって言われたから、クリスがうちに泊まった時におねしょして大泣きした話もしておいたよ」
補足情報としてねと小声で付け加えているが、そこには少なからずシルヴィなりの悪意があったのだろう。
幼馴染として、シャルロッテとクリストフェルのことを応援してきた二人としては、この度の突然の婚約破棄の宣言は寝耳に水だった。しかもその理由が、シャルロッテの能力不足だと言うのだから。
「もう、二人とも……クリストフェル君が可哀想だよ」
クラリッサが柔らかな声音で二人をたしなめる。この場で唯一のクリストフェルの味方かと思いきや、彼女もまた、この度の婚約破棄には多少の苛立ちを感じていたようだった。
「せめて、歩くたびに脛をぶつけますようにとか、動くたびに肘をぶつけますようにって願うくらいにしとかないと」
ニッコリと穏やかに微笑んでいるクラリッサだったが、見ていると何故か薄ら寒く感じる。普段は能力を封じるネックレス型の鎖以外、魔女らしいところのない彼女だったが、今ばかりは全身から魔力がにじみ出ているように見えた。
「カード描き終わったから、メイちゃんに渡してきても良い?」
「メイをここに呼びましょうか?」
「何かお仕事してるだろうし、中断させちゃうのも悪いから私から行くよ。シルヴィちゃんもついて来てくれない?」
シルヴィの返答を待たずに、クラリッサが腕を引っ張って部屋の外へと連れて行く。シルヴィも特に嫌がるそぶりもなく、仲良く並んで部屋を後にした。
軽やかな足音が十分に遠ざかったのを確認してから、ハイデマリーが深くため息を吐いた。
「あんまりうまい例えじゃないわね、それ。だってシャルロッテは今もなお雷龍桃なんですから。今回は、雷龍桃の美味しさを理解できない味覚音痴がいたってだけよ」
ふんと鼻で笑ってから、ハイデマリーは勝気な瞳でシャルロッテを見据えた。
「どんなに素晴らしく価値のあるモノでも、正しく評価できない人間が見たら、ただのモノになるのよ。わたくしは、素晴らしいモノだけでなく、それを見極められる人間も等しく素晴らしいと常々思っているのよ。……つまり、シャルロッテが素晴らしいと認めているわたくしも、同じくらい素晴らしいってことよ!」
右手の甲を左頬にあて高笑いをするハイデマリーを、シルヴィが残念な人を見る目で見つめている。
「ソウダネ、ハイディがそう言うんなら、そうなんダロウネ」
「なんでそんな棒読みなのよ」
「ハイディって、普段は賢いのにたまに頭のネジが外れるよね」
「外れてないわよ。なに勝手に外してるのよ。元に戻しなさいよ」
ギャンギャンと言い争う二人を見て、それまで静かに絵を描いていたクラリッサが小さな笑い声をあげる。シャルロッテが予想していた通り、クラリッサは嫌な顔一つせずに新しいカードの作成を引き受けてくれた。
「全く、クラリッサにまで笑われたじゃないの! それもこれも、クリストフェルが悪いわ! ……まぁ、この間のパーティーでの件もあるし、しばらくは大目に見てあげるけれど」
「なにかあったの?」
シャルロッテの問いに、ハイデマリーは肩をすくめると「大したことじゃないのだけれどね」と前置きしてから話し始めた。
「お父様の仕事の関係で、ちょっとした集まりがあったの。わたくしはご令嬢がたのお相手をしたんだけれど、昔話に花が咲いてね。ついつい、クリストフェルがうちの庭で迷子になって、番犬に追われて大泣きした話をしたのよ」
ほんの少しばかり口が滑ってしまったのと、悪びれもせずに言い放つ。
「あっ! それ、あたしも聞いたよ! ハイディが噂の大元だったのかあ。……ズボン噛まれて脱げて、お尻丸出しのまま号泣してたんでしょ?」
「あら? そこまで細かく言ってたかしら?」
すました顔で驚いたように目を見開いているが、ハイデマリーのことだ、絶対に事細かに話したのだろう。
「王様にもそんな愛らしい時があったんですねって言われたから、クリスがうちに泊まった時におねしょして大泣きした話もしておいたよ」
補足情報としてねと小声で付け加えているが、そこには少なからずシルヴィなりの悪意があったのだろう。
幼馴染として、シャルロッテとクリストフェルのことを応援してきた二人としては、この度の突然の婚約破棄の宣言は寝耳に水だった。しかもその理由が、シャルロッテの能力不足だと言うのだから。
「もう、二人とも……クリストフェル君が可哀想だよ」
クラリッサが柔らかな声音で二人をたしなめる。この場で唯一のクリストフェルの味方かと思いきや、彼女もまた、この度の婚約破棄には多少の苛立ちを感じていたようだった。
「せめて、歩くたびに脛をぶつけますようにとか、動くたびに肘をぶつけますようにって願うくらいにしとかないと」
ニッコリと穏やかに微笑んでいるクラリッサだったが、見ていると何故か薄ら寒く感じる。普段は能力を封じるネックレス型の鎖以外、魔女らしいところのない彼女だったが、今ばかりは全身から魔力がにじみ出ているように見えた。
「カード描き終わったから、メイちゃんに渡してきても良い?」
「メイをここに呼びましょうか?」
「何かお仕事してるだろうし、中断させちゃうのも悪いから私から行くよ。シルヴィちゃんもついて来てくれない?」
シルヴィの返答を待たずに、クラリッサが腕を引っ張って部屋の外へと連れて行く。シルヴィも特に嫌がるそぶりもなく、仲良く並んで部屋を後にした。
軽やかな足音が十分に遠ざかったのを確認してから、ハイデマリーが深くため息を吐いた。