かつてリーデルシュタイン王国は一夫多妻制の国だった。五代目の王メンフィスには正妻のほかに四人の側妻がおり、十三人の子供がいた。そのうち正妻エルヤの子供は三人で、長女のマティルダの後は長いこと子宝に恵まれず、長男のレオニダと双子の弟リベリオが生まれたのは、六人の王子が誕生した後だった。
 この時のリーデルシュタイン王国は男児にしか王位継承権が認められていなかった。継承順位も王の一存によると記されており、いつでも変更することができた。
 メンフィスはレオニダとリベリオの誕生に喜び、即座に側妻の息子に与えていた継承順位を降格させ、双子を一位と二位に据えた。これにより、王位継承権一位だったルカは三位に転落することになった。

 未来の王になるため、厳しい帝王教育を受けてきたルカは当然面白くない。
 元々女好きで好色家だった彼は日増しに素行が悪くなり、ついには伯爵令嬢との婚約まで破棄してしまった。
 ただの婚約破棄ならば、そこまで話は拗れなかったのかもしれない。しかし、あろうことかルカは恋人の男爵令嬢と結託し、偽りの罪をでっちあげると公衆の面前で伯爵令嬢を糾弾したのだ。

 未来の王妃として蝶よ花よと育てられた令嬢はあまりのショックに体調を崩し、ふさぎ込み、ついには思い余って自ら命を絶ってしまった。
 美しく優しい令嬢の非業の死に王国民は嘆き悲しみ、怒りをあらわにした。とりわけ大切な娘を亡くした伯爵の怒りはすさまじく、ルカの王位継承権はく奪だけでは収まらなかった。
 王国に不満を持っていた貴族や、王政に疑問を持っていた権力者、ここを好機と見た他国の勢力が介入し、たちまち反乱軍となってリーデルシュタイン王国に襲い掛かった。

 国境沿いの砦が次々と陥落し、王国騎士団は敗走を繰り返した。突然の奇襲に指揮系統が混乱し、敗走せざるを得なくなった部隊もあったが、大半の敗因は味方の裏切りだった。
 伯爵側に正義ありと考えた騎士たちが多かったのだ。
 反乱軍は令嬢が最も愛したとされる純白の花を胸元に差し、彼女の名前を合言葉に剣を取った。
 反乱軍は革命軍と名前を変え、この戦いをエリザ聖戦と名付けると快進撃を続けた。

 戦の火の手は次第に王都に近づき、ついには城内で暗殺未遂事件まで発生した。
 王位継承権第四位の王子を狙った刃は、彼の付き人が受け止めたことで未遂に終わったが、大怪我を負った付き人はほどなくして命を落とした。
 生まれたときからの親友であり、半身ともいうべき付き人を喪った王子は周囲の反対を押しのけて戦線へと身を投じ、無謀な単騎突撃を繰り返したのちに戦死した。
 第四王子戦死の報の直後には第五王子を狙ったと思われる毒物混入事件が起き、長年王家に仕えていた料理長が捕らえられた。
 城内に疑心暗鬼が広がり、使用人たちに厳しい身辺調査が行われる中、マティルダが忽然と姿を消し、その翌日にはリベリオの行方も分からなくなってしまった。
 メンフィスは病に伏せ、優秀なはずの臣下たちも正しい判断ができなくなり、城内に重苦しい空気が漂い始めた。それは王都にも広がり、リーデルシュタイン王国の崩壊がささやかれ始めた。
 民の心が王家から離れて行こうとしていた時、突如としてマティルダとリベリオが一人の少女を連れて戻ってきた。

 少女は、魔女だった。