炎剣(イグニスグラディウス)

 魔剣の斬撃。 ユウトは確かな手ごたえを感じた。

 いくら巨大なドラゴンの肉体と言ってもダメージがないはずがない。

 インファの視線がギロリとユウトに集中する。 だから――――今がチャンスだ。

 インファは、闘技場の出入口を塞ぐようになっている。だから、当然――――

 その左右には壁がある。

「メイヴ頼んだぞ!」

 すでに彼女は壁を駆け上がっている。 それもインファの頭部よりも高い位置。

 ならば狙いは――――

「もちろん、ドラゴンの弱点として定番の逆鱗。貫かせてもらいますよ!」

 彼女は頭から落下しながら、インファの喉を、ドラゴンの逆鱗を狙う。

 何度となく成し得てきた龍殺し。 気配を隠して、奇襲のようにドラゴンへ対しての攻撃。

 もはや手慣れていると言っても過言ではない。

 だからだろうか? 彼女は失念していた。
 
 敵はドラゴンであって、ドラゴンでない存在。

『憤怒』のインファ……であることを――――

「破っ!」と刺突をはなったメイヴ。その一撃は防御された。

「なっ! ドラゴンが防御ですか!」と驚く彼女。

 巨大な生物であるドラゴン。その鱗は鋼鉄の鎧に等しい。

 だから、ドラゴンが人間のように素早く喉元をガードする動きをするのは、想定外だった。

「侮ったか? 見た目はドラゴンでも、中身は人間なんだぜ?」

 空中で自由落下しているメイヴ。 動きが封じられた彼女にインファは拳を走らせた。

 それがドラゴンの姿でありながら、人間の格闘技である拳闘を連想させる――――いや、そのままであった。

 人間が変身したドラゴン。 ならば、人間の格闘術が使えても奇妙な事はない。

 巨大な拳で全身を打たれた彼女は地上に――――

「メリス! メイヴを頼む!」

「――――っ!わかっているわよ!」

 ユウトの声よりも早く、彼女の落下地点を予想していたメリス。

 地面に叩きつけられる定めだったメイヴ。それを自ら肉体で防いだ。

 『憤怒』のインファは、ユウトと対峙する。

「こうなると1対1だ。決着を付けようか? 『暴食』と『憤怒』の戦いの!」

 彼は顎を開く。 ドラゴンになった彼の巨大な、巨大な顎だ。

 そこには大量の魔素が取り込まれている。 だから、彼が次に放つ攻撃が分かる。

 それは息吹(ブレス)だ。 それは、ドラゴンが行う攻撃の代名詞。

(ただ、炎を放つだけではない。空間そのものを燃やし尽くすような一撃。その威力は防御魔法ですら意味がない。なら、選択肢は2つ!)

 避けるか? それとも――――妨害か?

「放たれるよりも速く攻撃を放つ!―――― 『炎剣(イグニスグラディウス)』」

 攻撃に徹するため、その喉は無防備になっている。 魔素が集中しているそこに炎を放ち、誘爆を狙う。

 しかし、インファは顎を開いたまま、首を振ってユウトの魔法を避けた。

「それも予想していた――――詠唱 凍てつく極寒の風よ 静かに我の敵を閉ざせ――――冬嵐(ヒエムステンペスタス)」 
 
 巨大な魔物を氷漬けにするユウトの氷結魔法。

 先ほどの『炎剣』とは違い攻撃範囲が広い。だから、避けられない。

 直撃したインファの頭部は凍り付いていく。 

 「――――やったのか?」

 自分でも信じれない成果。しかし、やはり――――

 インファを止めれたのは僅かな時間のみ。すぐさま氷にひびが走り、砕け散った。

「強い――――やはり、切り札を使うしかないのか」

 ユウトは覚悟を決めた。 インファに向けて走り出す。

 その姿を向けられるインファは――――

「死を前にして、捨て身の一撃か。 そうやって朽ちて行った者を何度見てきた事か」

 どこか冷たい視線と冷たい言葉。 なぜか諦めに似た感情がユウトにまで伝わって来る。

 そして、それは放たれた。

「ならば死ね――――『息吹(ブレス)』」
 
 ドラゴンの『息吹(ブレス)』 それは村を、あるは町さえも一撃で焼き払い。

 それが人間であるユウトに向かって放たれた。

 だが、彼は―――― 

大地の震え(テラトレメンス)

 地面を変動させた。

 その行為にインファは――――

(愚かな)

 それだけ感じた。

 地面の壁。それだけでドラゴンの一撃は防げない。 

 当たり前だ。 

 時には堅城の壁を破壊する攻撃。1人の魔法使いが使う防御魔法で防げるはずもない。

 ただ、防壁ごと焼き払われ死ぬだけ――――しかし、そうはならなかった。  

 ユウトが使った『大地の震え(テラトレメンス)』 

 防御のために使用したのではない。 自分の足元に高速で発動させて、自ら肉体を弾丸のように打ち上げたのだ。

 だから―――― ユウトは、ドラゴンの息吹(ブレス)を避けると同時に――――

 その目前にまで インファの目前にまで

 飛んでいた。 彼の切り札――――その両手には魔石が仕込まれている手袋。

 インファの顔面に接触した彼は、爆破の呪文を唱えた。

直線爆破(リーネア・レクタ・イグナイテッド)