『嫉妬』の魔導書使い。 

 若い男だが屈強な体をしている。闘技場で半裸で殴り合いをする職業のように見える。

 事実、彼の職業は格闘家だ。 名前はグリムロック。

 対して――――

 『傲慢』の魔導書使い。

 装備が良い。 顔が良い。 おそらく、貴族――――いや、もしかしたら王族なのかもしれない。

 彼の手にしている剣は、宝飾が施されている。全てが本物なら、宝剣と言えるほどの価値があるように見える。

 事実、彼は王子だ。 この国の王族。 

 名前は、ルオン。

 剣を持つルオンに対して、素手のグリムロック。 いや、武器と言うなら魔導書を持っているが……

 剣先を向けられているグリムロックは、

「おたくが傲慢の魔導書使いかい? ……その顔、見たことあるぜ。本物の王子さまか」  

 気負わず、軽い口調。 もしかしたら、武器との戦闘に慣れているのか?
 
 対するルオン――――いや、ルオン王子は、

「僕が王子である事が関係しているかい?」と嫌悪感を隠さない。

「あぁ、これから戦うのに立場は関係ないか。悪い!」

「……馬鹿な。下賤な貴様と僕と立場の差がわからないのか? それは実力差となる」

「?」

「愚か者め、僕の『傲慢』を見せてやろう!」

 ルオン王子が持つ魔導書から、魔力が零れ落ちた。

 その魔力、彼自身の体を逆流して、宝剣に吸い込まれていく。

「僕の『傲慢』は、カリスマ性――――すなわち求心力を剣に宿して――――放つ」

 裂帛の気合を「破っ!」を乗せた剣をグリムロックに向けて斬り放つ。

 岩ですら断つ剣技。 しかし、グリムロックは、その剣を受けた。

 素手ではない。 いつの間にか彼は剣を持っていた。

「いつの間に剣を――――馬鹿な! その剣は僕の剣と同じ物?」

「あぁ、これが俺の『嫉妬』の能力だ」

 警戒したルオン王子が離れて距離を取る。 見れば見るほど、グリムロックが持つ剣はルオン王子と同じ物。しかし、それだけではない。

(剣だけではない。構えも同じ――――それも真似しているのではない。同じ力量だと伝わって来る)

 どういう理屈か? 国内に1本しかないはずの宝剣。 それに魔導書の効果も乗り、技も王家指南役より指導を受けたはずの剣技。

(それが、格闘家の剣と互角なはずはない。やはり、アイツの魔導書の効果か?)

「驚いただろ? 俺の魔導書は、完全模写。魔導書の発動時は、相手の技も武器も再現できる」

「加えて――――」とグリムロックは続ける。

「格闘家の俺が、相手と同じ技を繰り出す。最終的に体力差で打ち勝つのは俺って戦法よ」

「美しくない戦い方だ」と吐き捨てるようにルオン王子。

「美学のない戦い方は勝利を呼び込まない。僕の憂いのなき一撃を受けるがいい!」

「戦いなんて泥臭いものだろ! 美しく勝とうなんて考えで戦いの勝敗を決まるわけない!」

 互いに鋭利な剣を手にし、歩み寄った。

 ルオン王子の目つきは傲慢そのものであり、自身の剣術の絶対的な優越性を信じているかのようだった。

 一方のグリムロックもまた、同様の剣姿で立ち向かった。彼も自信に満ちた表情を浮かべていた。 

 打ち合い。火花が散った。

 衝撃が響き渡り、両者の剣が激しくぶつかり合う。その場面はまるで対等な力のぶつかり合いだった。

 ……少なからず、そう見えた。

 しかし、グリムロックは奇妙な感覚に襲われていた。

(押されている? この俺の方が? なぜだ、理由がわからない)

 グリムロックの魔導書は、敵対する魔導書の効果すら再現することができる。

 なら、格闘家として体力と膂力を武器に競り勝てる。 負けるはずもない。

 だが、事実はどうだ? ルオン王子の蹴りが入る。

 それがきっかけとなり、均衡状態が崩れる。 徐々に差が離れ始める。

 両者の剣が交錯するたび、剣の輝きが宙を舞う。

 その音は剣士たちの闘争心を物語っていた。 そして、一太刀を浴びるグリムロック。

(しまった! 鮮血……だが、致命傷ではない)

 致命傷ではない。しかし、二撃目、三撃目と受けが間に合わない。 

 傷がどんどん増えていく。

(なぜ? 魔導書の効果――――相性は、俺の方がいい。圧倒してもおかしくない能力差のはず)

 グリムロックは、考える。 それが隙となり、攻撃を受けることになる。しかし、勝つためには考え続けるしかなかった。

(他の魔導書使いから支援を受けている? いや、それはない。コイツに魔導者使いの協力者はいない。それは確認済みだ)

 なら、他に――――魔導書使い以外から魔法による支援を受けているのか?

(……いや違う。俺のカンが言っている。そして――――)

「そこだ!」と持っていた武器。 ルオン王子から写し取った宝剣を投げる。

 隠れていた人物。敏捷な動きで回避して見せた。

「何者か!」と叫ぶグリムロック。 それは信じられない光景だったからだ。

「そんな……馬鹿な。まさか、魔導書使いが7人以上いる?」