巨大なワニが有するのは、その圧倒的な体躯。ドラゴンにもよく似た凶暴な姿で迫り来る。

 ヌメヌメ、テカテカとした鱗。

 その鱗に覆われた体は、暗闇に覆われたダンジョンの僅かな光源――――ユウトの松明を反射。

 その輝きがまるで炎を纏ったかのように見えた。

 ユウトは身を震わせる。それは、恐怖から来るものではなく武者震い――――戦闘による猛りから来る震えだ。

 間近で見るのは、巨大ワニの恐ろしい口と鋭い牙。 

 それを自分に向けられる事実――――恐怖に目を奪われる。 

(この巨大な魔物との接触戦闘は避けた方が賢明。 だが、俺は孤高特化型魔法使い――――俺が戦う間合いも接近戦だ!)

 彼は深呼吸をし、周囲の魔素を感じる。

 外部から魔素を取り入れ、魔力を強化していくユウト。 

 先に動くのは、巨大ワニの方だ。 巨大な体躯から振るわれたのは巨大な尻尾。

(防御は通じない。だが、回避は――――可能だ!)

 尻尾が叩き込まれる直前、ユウトは素早く動きを開始した。

 高き飛び上がり回避。 それと同時にユウトは魔力を具現化させる。

「炎の魔法が通用しないなら、具現化した魔剣として使わせてもらうぜ――――『炎剣(イグニスグラディウス)』」
 
 彼の手には煌めく魔法の剣――――炎の魔剣が現れ、瞬く間に巨大ワニの頭部に向かって斬り下ろされる。

 剣は鋭い刃がワニの鱗に突き刺さり、痛みを与えれたのだろう。

「GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?」とワニは怒りと苦痛に身をよじりながら、反撃を試みる。

 驚くべき事に巨大ワニは二足歩行で――――いや、初見ではないユウトは、それほどまでに驚く事はなかったが―――― 二足歩行で襲いかかってくる。

 二足歩行。

 その巨大な体を支えるため、後ろ足が逞しく発達。前足は長く鋭い爪が備わっている 

 この姿勢は驚異そのものだと言える。 その攻撃性は、まるで巨大な肉食獣が獲物に襲いかかるかのようだった。
 
 何より――――

(何より、機動力が上がっている! 以前、戦った個体にはなかった特徴だ!)

 巨大ワニの動きは素早かった。 素早くユウトに接近すると、前足から鋭い爪を走らせる。

 防御。 凄まじい衝撃がユウトを襲い、その体を吹き飛ばす。

 しかも、ユウトの盾の大きな爪痕を残していた。

「――――っ!(一撃で、この威力だと? もう一度、盾で受けてたら完全に破壊される!)」
 
 再び、鋭い爪が空気を切り裂き、恐るべき攻撃が放たれてくる。

 一度に複数の爪を振り下ろすワニの攻撃に、ユウトは身の軽さと反射神経を駆使して躱し続ける

(この重装備の防具でも、攻撃を食らえば防御ごと俺の体も破壊されてしまう。だが――――隙は十分にある!)

 そして、それはきた。

 振り下ろされた巨大ワニの爪。 それが極めて短い時間、地面に引っかかり、動きが鈍くなった。

 その瞬間狙いを定めていたユウト。 再び、杖に炎を纏わせて魔剣を作ると、斬りかかる。

(へっ……これじゃ、メイヴが言う通り、素直に魔法剣士になった方がよかったかもな。剣の基礎くらいは学んでおけばよかったぜ)

 異常な切れ味を生み出す魔剣は、巨大ワニの体に幾つもの傷を刻み込んでいった。

 暴れるように振るわれる爪を回避したユウト。 目前には、無防備になっている脇腹がある。
 
 そこを狙って魔剣での刺突を繰り出した。

(手ごたえは――――十分だ。 このまま魔剣を根本まで、押し込んでやる!)

 だが、それは巨大ワニの罠だった。 コイツの攻撃手段は爪だけではない。

 野太い風切り音と共に、振り回された尻尾がユウトを襲った。

「ぐぁああっ!」と全身がバラバラに砕けるような苦痛。

 体は浮き上がり、宙に向かって弾き飛ばされる。

 体は建造物――――岩の塊に衝突して、地面に落下した。

 痛みと混乱によって、ユウトの体は自身の意思に逆らい始める。

(動かない。回復薬は――――早く!)

 震える腕で雑嚢を開く。中にある回復薬はすぐに見つかるもうまく掴めることはできない。

 その間に、巨大ワニは近づいていた。

(早く、速く――――間に合え!)

 大きな顎を開き、ユウトの体を飲み込まんと迫る一瞬――――

 その巨大な口内へ赤い閃光が走り抜けた。

「危ない……間に合ったぜ!」

  回復と共に放ったユウトの魔法は、巨大ワニの口内に大きなダメージを与えた。
 
  怒り狂う巨大ワニから放たれる爪や牙の連続攻撃。

  一撃で受ければ鎧も盾も破壊されてしまう猛攻。

  それを鮮やかに回避するユウトは、隙を見逃さずに反撃に移る。