「愚かな事を――――ユウトどのは、我らの客人であるぞ」

「では、長。他に聖樹を傷つける者が、この里にいるとでも?」

「それは――――」と言い淀む里長だった。しかし、彼の代わりに、

「待たれよ、ダレス!」と声を張り上げたのはメイヴだった。

「ユウトは里に来てから、ずっと私と一緒だった。聖樹を傷つける事はできなかった」

「――――っ!」とダレスは驚いた。

 今まで従っていたはずのメイヴが声を張り上げ、自分に反論してくるなど、彼は思ってもいなかったからだ。

「もしも、私の伴侶を侮辱するのであれば、ユウトの代わりに私が相手をさせていだたく」

「フン、貴様ごときが俺の相手を? できると思っているのか?」

 ダレスは知らない。 

 200年の長い時間、外の世界を巡り、ダンジョンを巡り続けた彼女の剣。

 鍛錬を重ねて、S級冒険者となった彼女。

 そもそも、外の世界を知らないダレスに取ってS級冒険者がどれ程のものが想像すらできないだろう。

「いいだろう! ならば、この立ち合いは2人がかりで来るがよい! 蹴散らしてくれよう!」

 だから、そんな事を言える。 メイヴを知る者が聞けば卒倒するような言葉だった。

「ほう――――」とメイヴは怒りを隠さない。

 愛すべくユウトへの侮辱。 それは、ドラゴンの尻尾を踏み抜いたようなものだ。

「今まで里長候補として敬意を示してきましたが……これ以上は明確な敵として私が――――」

「相手をいたしましょう」と最後まで言えなかった。ユウトが止めたからだ。

「いや、構わないよ。俺が決闘を受ける」

「え? ユウト?」と彼女だけは異変を感じていた。

(なぜです? 彼がここまで怒りを見せるのは初めてみました? もしかして――――私のために起こってくれているのですね!)

 しかし、違う。 ユウトは知っていた。

 聖樹を傷つけた犯人の正体。 それは聖樹自身であるエイムから直接、聞いた。

 それは、犯人は、目前のダレス。 ダレス・ブラックウッドであるということを――――

・・・

・・・・・・   

・・・・・・・・・・

 エルフの決闘は、草原で行われる。 広い草原に住民であるエルフたちは心配そうに集まり、見学している。

「では、戦いはエルフの神、聖樹に誓って行われる。 そのため武器は聖樹さま作られた木刀のみ」

 ダレスは、一方的に規則(ルール)を宣言した。

「あぁ構わないよ」とアッサリと木刀を受け取るユウト。 

 普段、身に付けている装備を外している。 地面に置いた鎧から重さが伝わって来る。 

 近年、兜ですら外さないユウトの素顔。 メイヴですら久しぶりに見た気がした。

「防具なしで戦うのは久しぶりだな」と素振りするユウト。

 その姿にダレスは片眉を上げ、訝がる。

(……妙だな。コイツは魔法使いのはずだ。なぜ、剣の戦いを容易に受ける?)

「まぁ、いい。いざとなればコイツがある」とダレスは胸に仕込んだ瓶を確認する。

 どうゆう仕組みか、強い衝撃でも割れない加工をされた瓶。 問題は、その中身だ。

 中身は、メリス・ウィンドウィスパーから受け取った強化薬。

 それは『怠惰』のレインが、かつてミカエルに与えた物と同じ物。

(一度だけ、試しに使ってみたが――――あの力から来る万能感は凄まじい。多少、腕に自信がある程度ならば――――)

 その目前、ユウトは飄々としていて――――

「この木刀より、短いのはあります?」と審判役のエルフに聞いている。

「いえ、これだけです」

「ん~ 使いにくいかもしれないなぁ。少し、短く切ってもいいかい? これ、御神木みたいなものでしょ?」

「御神木……それが何かは存じ上げませんが、使いやすいように切るの構いません。ただ、今から時間は――――」

「すぐ終わるよ」と素早い手刀で、木刀を短めにカットした。

「なっ! あの男、素手で木刀を斬っただと! 魔法使いではなかったのか!?」

「魔法使いですよ」と背後にメイヴがいた。

「ただし、ダンジョンで生き抜いた魔法使いです。例え素手でも、外の世界を知らないエルフの騎士を打ち倒す適度の力は、当然あるでしょう」

「――――!?」と絶句したダレス。しかし、頭を左右に振ると――――

「良いだろう! 汝は罪人! もはや慈悲はない。弓を使用を求めよう!」

「いや、俺は弓なんて使った事は――――」

「問答無用! 審判、決闘の開始を宣言せよ!」

 ダレスは脅すように矢を審判に向ける。 慌てた審判は、従うように――――

「これより、試合を開始します! はじめ!」と声を張り上げた。

 その直後、ダレスが動く。 既に弓に添えられていた矢をユウトに向けて放った。

「これがエルフの戦士が本気で放った矢か」と飛んで来る矢を叩き落すユウト。

 そのまま、前に出る。 遠距離攻撃を受け続けるのは悪手を考えたからだ。

「この化け物め! 剣の勝負ならば――――魔法使いなんぞに負ける俺ではない!」    

 ダレスは間合いに入ったユウトに向けて、剣を振った。

 だが、当たらない。 

 一見すると、無駄な動きが多い。武道的ではなく、まったく洗練されていない大きな動き。

 それでも――――

(それでも、なぜ? なぜ、俺の剣が触れることすらできない!)

 速度で翻弄されるダレス。 自然にユウトの動きにつられ、彼の攻撃は大振りに、動きが雑な物になっていく。
 
 大振りの一撃を避けられ、無防備になったダレス。 

 その隙に、ユウトはダレスの胸を木刀で突いた。

「これで勝負あり?」

「ぬっ! 一度だけで勝ったつもりか!」

 ダレスは剣に怒りを込めて、振るった。