エルフの里は広大な森に囲まれている。

 深い自然の息吹は、あちこちに満ち溢れている。青々と茂る樹木が高く、(そび)え立つ。

 だからだろうか? 木々の隙間から零れ落ちる光――――光の木漏れ日。

 里の中に幻想的な雰囲気を生み出していた。

「凄いな。まるで魔法の空間を歩いているみたいだ」とユウトは感動を口に出した。

「ふふふっ」とメイヴは機嫌が良さそうだ。

 もっとも、自分の故郷を称賛されて悪い気持ちになる者はいないだろう。

「私の故郷はこの先ですよ。ついて来てください」

 彼女の足取りは軽やかであった。

 経験豊かな冒険者であるユウト・フィッシャー

 そんな彼でも緊張することくらいある。

 実際にエルフの里へ足を踏み入れた事は初めてである。

 ――――いや、彼だけではない。自然の奥地は、人を拒む。

 エルフの里に入れる者は、エルフに誘われた者だけだ。

 そして、本格的な里の入り口。「ポンッ!」と音がして、ユウトの背中にエイムが出現した。

「あっ! ご主人さま、ご覧ください。 あれ、わたしですよ! わたし!」

 エイムは興奮していた。

「落ち着けエイム。わたしって、一体なにを――――」と言いかけて、驚きにユウトは口を閉じた。

 里の入り口には厳かな大樹が立っていた。その幹には複雑な紋様が彫り込まれている

 その姿はまるで守護神だ。警戒の象徴であり、外部からの侵入者を拒絶する意思を表す。

「まさか、これがエルフの聖樹……エイムの本体なのか?」

「はい、これが立派なわたしの正体となります」

「えへん! えへん!」と自慢げに胸を反らすエイムだった。

 しかし、エルフたちは自然との共生を大切にし、他種族を近づけることを望んでいない。

 ここはエルフの里だ。当然、住民も全員がエルフと言える。

 時折、すれ違うエルフたちは「どなたでしょか?」と小声でウワサ話をしている。 

 美しきエルフたちは優雅さと気高さを感じさせる。長い耳や繊細な容姿を持ち、自然の一部として存在しているかのようにすら見えた。

 メイヴと日常的な付き合いをしているはずのユウト。しかし、ここが彼女たちの本拠地だろうか? 

 なにより、エルフたちは他種族に対して警戒心を持ち、人を拒絶する感情が心に宿っています。

 彼女たちが有する神聖さが強調されているよう感じさせ、萎縮された。 

 そんな時だった。

「何者であるか!」と威圧的、それでいて拒絶感を隠そうもしない声。

 それがユウトに向けられた。 

 声の主は、もちろんエルフ。エルフの男――――戦士だった。

 手にしている弓は矢が添えられ、弦は張りつめられていた。

 攻撃直前の状態。 一触即発の状態だ。

「……」とユウトも戦いに備えて、集中力を高めている。

(もしも矢が放たれても――――)

 しかし、そうはならなかった。

「お久しぶりです、兄さま」

「――――貴様は、メイヴか? 本当に戻ってきたのか?」

「はい、この者――――ユウト・フィッシャーを父と母に紹介するために参りました」

「なに! この者はエルフではなく、只人(ただのひと)ではないか!」

「はい、その通りです。何か問題でもございましょうか?」

「何を白々しい事を! 今、ここで処分しても――――」

「いいのだぞ!」と彼は最後まで言えなかった。

 いつの間にか、彼の後ろにユウトが移動していた。 手にした杖を背後から突きつけていた。

「――――殺すつもりなのか? そうでないなら、弓を下ろせ」

「貴様、この俺を脅すつもりか?」

「? エルフならわかるだろ? 俺の魔力がどうなっているのか?」

 脅しではない。 ユウトの魔力は、攻撃直前にまで高まっている。

「わかった。この場は引かせてもらう。だが、覚えておけよメイヴ――――この俺に恥をかかせたことを!」

 エルフの男は、捨て台詞を吐いて去って行った。

「あの男は何者だ? メイヴは兄と呼んでいたが?」

「はい、彼はダレスと言って私の従兄――――次期には里長になると言われている人です」   

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・・

「クソ! 忌々しい!」とダレス・ブラックウッドは自室に戻ると壁に拳を叩きつけた。

「あの女の言う通り、本当にメイヴが帰って来るとは……まさか、本当に里長の座を俺から奪うために?」

 疑心暗鬼になっている様子のダレス。 誰もいないはずの室内だったが――――

「あの女って私の事ですかね?」 

 そこに姿を現したのはメリス。 メリス・ウィンドウィスパーだ。

 『色欲』の魔導書を持つ、幼いエルフの少女だった。