「ふぅ」とため息を漏らす。

 ユウト・フィッシャー、完食!

 そう思われたが、店主が首を横に振った。

「……まだ残っていると言うのか? まさか、スープまで!?」

 机の上に置いたどんぶりには、確かにスープが残っている。

 こってり濃厚な豚骨スープには、油が含まれていて食欲を減退化させていく。

 だが、ここで止まるユウトではない。

「えぇい! ままよ!」と今度こそ、飲みきった。

 その隣に座るメイヴとエイムは――――

「すごいです、ご主人さま。まさか、本当に食べきるなんて思っていませんでした」

「……思ってなかったのかよ!」

「うむ、最後に見せたユウトの飲みっぷり……砂漠での救難者救出時に渡した水を思い出しました」

「死ぬ直前の水分補給かよ」

 そんなやり取りを終え……ユウトの前に2杯目が置かれた。

「これは……メイヴの分か!」

「はい」と彼女は朗らかに答えた。

「先ほど俺が食べた量の3分の1……いや、4分の1の量くらいか?」

 ちなみにメイヴが食べた量が4分の1。 今からユウトが食べる量が4分の3という意味だ。

 ユウトは呼吸を整えて2杯目に挑んだ。 1杯目を食べ終えた時間を彼は経験則から計算する。

(1杯完食まで20分もかかっていない。この腹の感覚で言えば、15分? いや、16分だな)

 その時間、用意されたラーメンは熱を失わせるには十分だった。

(この特徴の料理……冷めるのはよくない)

  茹でられたばかりである極太の麺は、麺のコシや食感を楽しむことができる。だが、冷めると麺が硬くなる性質を持っている。
 
 当然、硬くなった麺は噛み切るのが難しくなる。

 野菜と肉。 野菜は時間経過と共に特徴であるシャキシャキ感と瑞々しさ……その特徴が失われ、しなびれていく。

 そして、冷めた肉には柔らかさが失われる。 見た目どおり、鉱物の如き硬さを有す肉塊を食すのは、困難だ。

 なにより、スープだ。

 濃厚で重たい味わいが特徴……熱いうちにはスープと麺がよく絡み合い、一体感が味わえる。 しかし、大量の油を使用しているために、冷めるとスープが固まりやすくなっていく。

「――――っ!」と苦戦必至の戦いに、食をすすめていくとユウト。しかし、待っていたのは、驚きの美味しさだった。

「こちらの予想よりも冷めていない!? なぜだ!」
 
 答える者のいない疑問を探るために、ユウトは加速していく。

 本当に1杯のラーメンを完食した直後なのか、疑わしくある加速度。

 その甲斐もあってか、彼は真実に気づいた。

「……そうか。油か! 熱ッ熱ッに熱しられた味付け油が、野菜から、肉から、麺から、そしてなりよりスープから熱を奪われるのを防いでいるのか!」

 そして、彼は――――

「俺は、まだ戦える!」

 巨大な魔物を連想させるユウトの食事力。 その消費量に見る者全てが、目を奪われていくような強烈な食欲。

 そして、彼は2杯目のどんぶりを空にした。

 その姿に圧倒されていた店主。彼はある事に気がついた。

「――――ッ! 馬鹿な。1杯目を完食した時間よりも2杯目の方が、早い……だと!?」

 食べれば、食べるほどに飢餓感が増しているのではないか? 

 そう思われても仕方がないほど、暴力的な食事光景。

 さらに――――

「これは――――エイムの分だぁ!」と彼は3杯目に手をつけた。

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・

 世の大食い自慢が満足するだろう1杯のラーメン。

 2杯目となると、泣きながら食すことを諦める者も出て来るだろう。

 それをユウトは3杯、食べ終えた。   今度こそ、完全な――――

 ユウト・フィッシャー 完食。

「ごちそうさまでした」と戦いを終えた彼は疲れ果てたように体から力を抜いて行く。

 まるで超大型魔物を倒した戦士たちを連想させるから不思議なものだ。

 そんな時――――いや、あるいはこのタイミングを計って、狙いを済ませていたのかも知れない。

 メイヴが動いた。

「ユウト……今度、私の故郷に、エルフの里について来てほしいのです」  

「ん? それは構わないが?」

「本当ですか!」と彼女は喜んだ。

「我々の神であられる聖樹の化身さまの顕現。その喜びを一族の皆と分かち合い……ついで、私の両親に紹介とご報告をさせていただきたい」

「あぁ、なるほどね。良いと思うぞ」とユウトは答えた。

 不思議な事に、2人――――店主とエイムは目を大きく見開いている。

 なぜか? 彼等は聞き逃さなかった。そして見逃さなかったのだ。

 『私の両親に紹介とご報告をさせて頂きたい』

 その瞬間、彼女の見せた照れ具合。 そして緊張度合。
 
 それらから推測するに――――

(前後の文は別物。 両親に紹介させたいと言うのはエイムではなく、ユウト。お前自身だ! ――――気づけ! これは、結婚の挨拶をする。そのために言質を取られているのだぞ!)

 それに気づいた店主。そして、エイム――――

 だが、彼等は自身が得た気づきを口にすることはできない。

 それは両者の間に踏み込み過ぎるからだ。 まさか――――

「おい、ユウト。お前、わかっていないと思うが、メイヴはお前を両親に紹介して結婚への土台を固めて――――」

 なんて口にしようものなら、S級冒険者の凶剣に襲われるかもしれないからだ。

 そんな店主とエイムの内面など知る余地もないユウトは、すぐにでもメイヴの故郷――――エルフの里へ行く約束をしたのだった。