山。そこに登っている人影が1つ。

「まったく……なんで魔導書使いは辺境の地に住みたがる?」

 彼女はレイン。名前は、レイン・アーチャーだ。

 ミカエル・シャドウを頭目とした冒険者集団の1人。

 A級冒険者の弓兵であり、『怠惰』の魔導書(グリモア)を持つ女性だ。

 そんな鍛えられた彼女の息があがるほどの酷道山道。

 山――――それも火山活動が完全に収まっていない場所。

 人もいなければ、獣もいない。 魔物は――――溶岩に強い個体はいるのかもしれない。

 どうやら、彼女は目的地に到着したらしい。 火山の岩、そこに扉がついていた。 

「ここね。どうやって、家を作ったのかしら?」 

 レインは、そんな感想を呟きながら、扉を開いた。

「――――何者か?」
 
 それは暗闇の中、女性の声だった。

「私よ、レイン・アーチャーよ」

「あぁ、『怠惰』の弓兵ね」と興味がなさそうだった。

「直接、『怠惰』って呼ばれると嫌な気しかしないわ。貴方もそうなんじゃないの? 『色欲』のメリスさん?」

「そんなの私は気にしない。それで? わざわざ、こんな所まで来て、何の用?」

「新しい魔導書使い『暴食』が誕生したわ。 これで7人が揃った……これで戦争が始まるわね」

「……それは宣戦布告? 今から殺し合うのかしら、私たち?」

「――――まさか。今、ここで戦うわけないでしょ。誘いに来たのよ。共闘をしませんか? ってね」

「共闘? 『怠惰』の貴方と『色欲』の私が?」

「えぇ、まだ魔導書について何もわからない『暴食《ルーキー》』なら、簡単に倒せるでしょ?」

「……」とメリスと言われる女性は無言になった。 どうやら長考をしているらしい。

 それから――――

「まだ、何もわからない新人なら、どうして2人がかりで倒そうとするの? こんな辺境まで誘いに来て」

「――――」とレインは顔を歪ませた。 それから――――

(どうする? 同盟を結ぶなら素直に答えるべき?)

「酷い顔ね。それって負けた人の顔よね? ふ~ん、強いんだ『暴食』」

「ま、負けてないわよ。それに私の魔導書『怠惰』は操作系、自己強化系の『暴食』とは相性が悪いのよ」

「だったら、私も操作系みたいなものよ? 同じ自己強化系の『憤怒』か『強欲』とか頼めば?」

「断られたのよ。戦闘脳の男たちはダメよ。1対1に拘ったり、相手が強くなるまで待とうとしたり……」

「操作系の魔導書使いには、無理な話よね。1対1に拘るのは……」

「そうよ、操作系の効果は魔導書使いに無効化される。不利すぎるでしょ?」

「私は1人でも戦えるけどね」

「――――ちっ!」と舌打ちをレインはついた。それから――――

「甘いわね。ユウトはA級冒険者の腕前よ。それに加えて、彼の裏にはS級冒険者のメイヴ・ブラックウッドがいるのよ」

「冒険者だって? 私たち魔導書使いに冒険者なんて……そう言えば、貴方も冒険者だったわね。 で? 当然、レインもS級冒険者なのよね?」

「A級冒険者よ」と答えるレイン。 『色欲』のメリスは、それを笑っている気配が暗闇の中から伝わった。

「……勘違いしないでよ。私の場合はA級冒険者を操作して兵隊にするため、あえてA級なの。S級冒険者の扱い憎さを貴方は知らないのよ。特にメイヴ・ブラックウッドの厄介さを……」

 しかし、メリスは奇妙な反応を見せた。

「待ちなさい。……メイヴ・ブラックウッドって言ったわよね」

「そう言ったわよ。もしかして知り合いなの?」

「えぇ、同郷よ」と声と共にページをめくる音が聞こえてきた。

 それを聞いたレインも慌てて、魔導書を捲る。

(魔導書を発動!? どうしてこのタイミングで?)

『色欲』の魔導書。 その能力は誘惑――――対象の願望や欲望を読み取り、幻影を生み出す。その前提条件は――――

「そんなに構えないで、レイン。私の魔導書は発動条件が特殊だから、少しだけ練習しないといけないのよね」

 メリスの魔導書から蒼い炎が噴き出してくる。 その炎で露わになったメリスの容姿。

 小柄で華奢な体つき。まるで子供のように見える。

 長い銀色の髪と大きな瞳、色鮮やかな花や葉の模様のある衣装を身に纏っている。

 なにより――――耳が尖っている。 

『色欲』の魔導書を持つメリス。 彼女の名前はメリス・ウィンドウィスパー

 その正体は、まだ幼さを残すエルフの少女だった。 
  

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・

 一方その頃、ユウト・フィッシャーは戦っていた。

 魔導書に新しく浮かび上がった地図を頼りに、隠れダンジョンに1人で進んでいた。

 すると現れたのは、巨大な影。 トロール……それも普通のトロールではなく、武装がいい。

 ここまで来るとユウトも法則性に気がついた。

(これ、最奥に闘技場があって、そこにいる使徒と戦う前に強い魔物が1体、待ち構えているだな)

 そんな事を考えながら、自身に向かって来る武器――――鉄製品の鈍器を避けながら、ユウトは反撃に出た。